目黒不動 の検索結果:
…の太鼓橋から行人坂、目黒不動へと、江戸の人々が歩いた道をたどってみました。 川を渡り、坂を上り、寺社へ向かう。 そこには、信仰のために訪れる人々がいて、参詣者を迎える商いがあり、日々の暮らしを営む人々がいました。 川があり、道があり、人が集まる。 そうして、目黒という町が形づくられてきたのでしょう。 今回は、その続きを歩いてみます。 目黒不動から、もうひとつの場所へ。 大鳥神社です。 そして、考えてみたいことがあります。 そもそも、「目黒」という名前は、どこから来たのでしょう…
… 今回は、中目黒から目黒不動のあたりへ。 目黒川をたどる散歩も、いよいよ人間の歴史に入っていきます。 川沿いを歩いていると、橋があります。 当たり前ですね。 橋がなければ、川を渡るのは大変です。 けれども、橋というものは、単に向こう岸へ渡るための設備ではありません。 人が集まる場所でもあります。 橋のたもとには道が集まり、人が行き交い、商いが生まれる。 川が人々を隔てる一方で、橋は人々を結びつけるのです。 目黒川にも、そんな歴史を伝える橋があります。 目黒川と目黒通りとが交差…
… 権之助坂、行人坂、目黒不動へ向かう坂道。 そして、目黒川の周辺にも、台地と谷の境目を上り下りする道がたくさんあります。 どうして、こんなに坂が多いのでしょう。 道路を造った人が、坂道を好きだったから? もちろん、そんなわけはありません。 答えは、もっと古いところにあります。 この土地そのものが、平らではないのです。 山手台地と目黒川の標高図を観てみます。 右上の川が以前歩いた渋谷川。 左上が目黒川の源流の、北沢川と烏山川の合流地点。 そこから右下の目黒駅辺りにかけて、谷底の…
…ら始めましょうか。 目黒不動でしょうか。 それとも、権之助坂? あるいは、目黒川の桜並木から始めるのが、いちばん分かりやすいかもしれません。 でも、今回はちょっと違う。 目黒川の、あたまのほうを訪ねてみようと思います。 つまり、源流です。 川というものは、どこかから始まって、どこかへ流れていきます。 山の奥から湧き出した水が、小さな流れになり、やがて沢となり、川となって、最後には海へ注いでいく。 子どものころから、そういうものだと思っていました。 では、目黒川はどこから始まる…
…ので、紙幅の都合で、ちょっと保留しておきます。 目黒不動尊のテーマでもちょっと触れましたね。 0600 起床 気分快 晴 2日の初詣りは目黒不動尊。なぜか空いてました。恵比寿様とお稲荷様にも参拝。 - にこたろう読書室の日乗 富士塚みたいなものもあります。カラフルで、ジオラマみたいな造りです。 単立神社ならではのセンスかも。 ☆ さて駅に戻って、「武蔵小杉駅」経由で、南武線の「鹿島田駅」という、初めて降りる駅に向かいます。 そこから古墳群のある丘を目指しましょう。 以下次号。
…ています。 それは、目黒不動尊の門前町だからです。 東急目黒線の「不動前」という駅名は、目黒不動尊(瀧泉寺)の最寄り駅であることに由来すると言われています。 江戸時代から目黒不動尊への参詣客で賑わっていた歴史があり、今でも不動前商店街周辺には古くからの店舗やお寺の門前町としての風情が残っています。 一方で、駅周辺には近年新しいマンションが増え、若い世代やファミリー層の流入も続いており、古き良き風情と新しい街の活気が融合しているのが特徴です。 厳密には「門前」ではないのかな? …
…補は諸説あります) 目黒不動 独鈷の滝(現存) 等々力不動の滝(現存) 王子 名主の滝(現存・復元) 桐ヶ谷 氷川の滝(形跡のみ・かつてのスサノオの聖地) 王子正受院 不動の滝(形跡のみ) 目白不動の滝(消滅) 赤坂不動の滝(消滅) 「鉄砲石」というものが置かれています。 幕末の頃、勤皇の志士達が品川宿の料亭・観桜館の庭で鉄砲の練習をした際、標的にした石と伝えられているそうです。 社殿では「節分祭」の準備が進められています。今年は豆まきをするのかな? 扁額が堂内にあるのは珍し…
…りは昨日の1月2日の目黒不動尊。 寒いけど、とても良いお天気。 9世紀に慈覚大師が創建したと伝えられるお寺で、目黒不動明王(秘仏)を本尊としています。東京五色不動の一つとしても有名で、いつも多くの参拝者が訪れています。 僕は出身が「不動小学校」だから、ここはこどものころからのお馴染みです。 まあ庭みたいなところ。 今年はとても空いています。 これは人生はじめてくらい。 お寺の人も吃驚。 「やっぱり不景気なのかなあ?」 ただ、お正月一日はとても賑わっていたそうです。 境内はここ…
…。江戸から大鳥神社、目黒不動尊、さらには浄真寺(九品仏)に向かうためのルートだったようですね。 目黒通りは、港区の桜田通りの清正公前交差点から、世田谷区の環八通りを経て多摩堤通りに至る延長10kmの都道です。JR目黒駅前を通り、桜田通りから環八通りまでは4~5車線の道路で、環八通りを経由して第三京浜に向かうルートにもなっています。 目黒区の真ん中を貫通していますね。 ☆ さて、この道は、多摩川にぶつかって突然終了しています。 昔から不思議に思っていました。 ちょうど上流の二子…
…べてない。 昔よく、目黒不動尊の縁日に行って、綿菓子とか買ったなあ。 今でも毎月28日に開催されます。 (写真はイメージです) こどものころを思い出させる、ほっと優しい気持ちになれる綿菓子。 これも、アルテ・リーべの一コマですね。 【綿菓子の歴史】 綿飴(わたあめ)とも呼ばれる。他にも「電気飴」という別名がある。 ①世界史 1897年に世界最初の電動綿菓子製造機を製作したのは、アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビルの菓子製造業者であるジョン・C・ウォートン(John C. Wh…
…けっこう間が空きました。 このあと「にこたろう読書室」に寄ってジオラマ各種鑑賞。 目黒不動のお参りと縁日鑑賞。 目黒川の遊歩道歩いたけど桜はまだです。 去年に比べて1週間は遅れてますね! 目黒雅叙園に寄って、川の流れる豪華トイレ鑑賞。 百段階段の「昭和モダン×百段階段~東京モダンガールライフ~」鑑賞はちょっと時間が無かったので、スルー。(これは別の機会に) ドン・キホーテで買い物して、そのあと行人坂の途中のお店で晩ご飯でした。 ここは写真が無いので、またの機会にご紹介します。
…」でお昼を食べてから目黒不動尊の初不動へ。 天ぷら割烹 川さき - 目黒本町の天ぷら店 さすが初不動の縁日。かなりの人出です。 途中、某有名店でカヌレを買っていただきました。 Dans la Poche カヌレ専門店 これは、晩ご飯にします。 僕からのお年賀は、昭和レトロのバタークリームロールケーキ。 MATTERHORN-焼き洋菓子・ケーキ(学芸大学マッターホーン) 学芸大学駅近くに、古くからあるケーキ屋さんの「マッターホーン」の、超有名アイテム。 某有名やんごとなきお方の…
…この場合、上が北なのか? 北部 中部 南部 このゲームの設定では、グレートホールは、北西を向いているみたいですねえ。 僕はこれが正しいと思う。時計台の塔とその先のホグワーツ橋は南に向いているはずだから。 それではそろそろ、B伽藍の作製に入ります。 将棋も9時頃には再開です。 今日は28日なので、さいたまのО君が来るので午後から目黒不動尊に行く予定。 関東最古の不動霊場、また、日本三大不動のひとつとされる瀧泉寺。 ☆ 地震、一瞬でしたね!報道が遅いのは、よく分からないからかな?
…なります。 この前、目黒不動巡行をしたグループの、拡張版です。 0600 起床 気分快 雨 小学校時代の同級生が集まりました。なつかしい、不思議な既視感のようなものに、乾杯。見果てぬ夢の、ほろ酔い気分。 - にこたろう読書室の日乗 これは去年の記事。 0530 起床 気分快 曇少し雨ときどき晴 どこまでも白く輝いていた、あの夏の雲。 果てしなく続くと思えた、日常のゆっくりとした時間。 泣けますよねえ。今、思い返すと。 - にこたろう読書室の日乗 いやあ、懐かしいなあ。 小学生…
…茶を楽しむことができる 3 恵比寿ガーデンプレイス 開放的な広場で風を感じながらのんびり過ごせる 4 目黒不動尊 落ち着いた雰囲気のお寺で、風と共に静寂を感じられる 5 目黒駅周辺の商店街 賑やかな商店街で風と共に散策やショッピングを楽しめる 「国立科学博物館附属 自然教育園」が入らないのは、港区だからか! 残念。 5番て、どの辺のことかな。 中目黒駅、とは違うのかな。 目黒雅叙園の庭園って、これかな。 瀧を渡る風が、涼しいのです。 雨が降らない日に、視て歩いて、よろこぼう。
…虫館を見物してから、目黒不動を散策。 学校帰りに、ここの裏庭で、夕方遅くまで「缶蹴り」をやったなあ。 縁日に行ったり。寄生虫館の蝋でできた寄生虫見本は、凄く大きく見えたなあ。 突然、強い雨が降ったりする中、かつての「通学路」をたどりながら、母校の小学校に向かいます。 ここが誰それの家、この駄菓子屋さんは昔からある、この床屋さんに行ってた、ここでどぶに落ちた、とかいろいろな記憶が、現在の風景にオーバーラップしてきます。 ここの路地は、こんなに狭かったのか、この崖に登って遊んだけ…
…がお七の弔いのため、目黒不動と浅草観音を約10里を鉦をたたき念仏を唱えながら日参した姿が彫られています。 大円寺のご本尊は、建久4年(1193年)に造られた清涼寺式釈迦如来立像(寄木造り・高さ162.8センチメートル)で昭和32年に国の重要文化財に指定されているのですが、秘仏なので今回は観られませんでした。残念。三月になったらもう一度来てみますかね。 10世紀に中国・宋からもたらされた京都・清凉寺(せいりょうじ)の釈迦如来立像は、釈迦在世中にその姿を写した像として信仰を集め、…
…せんじ)別称・通称:目黒不動所在地:目黒区下目黒天台宗。大同3(808)年円仁(自覚大師)が、師広智に従って比叡山に赴く途中、彫刻した不動明王を安置し開山。 元禄年間(1688~1704)には江戸第一の不動霊場となった。境内には、自覚大師が煩悩を打ち砕く仏具「独鈷とっこ」を投げてできたと伝わる「独鈷の滝」があり、参詣者の水垢離場となっていた。 富くじでも有名で、文化9(1812)年に始まった目黒不動、湯島天神、続いて14(1817)年に始まった谷中の感応寺(現、天王寺)と合わ…
…みにしていたご近所の目黒不動尊の縁日。 両親に連れられて、よく行きました。もう、その親たちもこの世にいないけど。 大道芸人みたいな人たちも出てて、そのなかに蛇(龍なのかな)の絵を墨と筆で、一筆書きをする人もいました。なかなかお上手で妙に記憶に残ってます。 筆の圧力を変えながら、蛇のお腹の縞縞みたいな部分を描くところとか。 この技は縁日で今でもみられるのかなあ。 「一筆龍」として、古来より受け継がれている文化なのですね。 こんな感じ。拠点は日光か。 この一筆龍の技術は栃木県の日…