にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0630 起床 雨 「藤原の効果」。藤原先生は新田次郎の伯父にあたる天才気象学者。そして「まさみん」も天才予報官。

血圧値 126/77/79 酸素飽和度 99% 体温 36.1℃ 体重 66.4キロ 運勢 The Sun

 

今年は「台風」が多くて、不安なお天気ですね。

 

先日、ウェザーニュースを見ていて、「藤原の効果」という言葉が目に入りました。

初めて聞いた言葉です。

 

二つの台風が、同時に日本の近くへやってくる。

お互いにぶつかりそうな位置まで近づいて、進路が妙な具合に変わっていく。

そういうことがあります。

二つ以上の台風などの熱帯低気圧がかなり接近すると、互いの風の場が影響し合って、通常とは違う進路や動きを示すことがあります。

この相互作用が「藤原の効果」です。

進路予測を難しくする要因の一つでもあります。

 

一般には、二つの熱帯低気圧が1,000km程度以内に接近すると、こうした相互作用が問題になることがある、と説明されています。

典型的には、二つの低気圧が互いの周囲を回るような運動を見せることもある。

つまり、「台風が二つある」だけではない。

二つの巨大な渦が、お互いに影響しながら動いてしまうのです。

面白いですね。

 

そして、この現象に「藤原」という名前が付いている。

藤原咲平。

 

 

1921年、当時の中央気象台長だった藤原咲平が、こうした低気圧同士の相互作用について研究したことが、この名称の由来です。

 

ところで、この藤原咲平という人。

じつは小説家・新田次郎の伯父にあたります。

新田次郎は、本名を藤原寛人といいます。

藤原咲平は「お天気博士」の愛称でも知られた気象学者で、寺田寅彦に師事し、第四代中央気象台長・岡田武松の愛弟子、そして後継者でした。

1941年7月には、岡田武松の後を継いで第五代中央気象台長になります。

気象学だけではありません。

仏教思想と物理学の関係や、気象学から見た社会についても、独創的な論文や随筆を書いていたそうです。

なんとも面白い人です。

 

 

台風というのは、大きな雲の渦巻きです。

川の流れを見ても、ところどころに渦ができます。

藤原先生が研究したのは、いわば、「渦と渦が近づいたら、どうなるのか」ということだったわけです。

一つの渦だけを見ていれば予測できる。

ところが、もう一つの渦が近づいてくると、話がややこしくなる。

お互いに影響を及ぼし合うからです。

しかも、この「藤原の効果」。

単純に、「近づいたらこうなる」というものではありません。

互いに引き寄せ合うような動きをしたり、逆に離れていったり、一方が他方の周囲を回ったり、場合によっては一方がもう一方に取り込まれるようなこともある。

気象予報士泣かせの現象です。

 

box3

 

ところで、この藤原咲平の人生を眺めていると、もう一つ興味深いことがあります。

気象学と戦争との関係です。

 

1936年12月には海軍省気象事務嘱託。

1938年7月には陸軍気象部気象業務嘱託。

そして1941年7月、中央気象台長。

 

まさに太平洋戦争へ向かっていく時代です。

「明日の天気」が、軍事上の重要情報にもなっていった時代でした。

1941年11月24日には、海軍から太平洋北西部海域の詳細な天気予報について依頼があり、予報会議への出席を要請されたといいます。

そして12月7日から8日にかけて、藤原咲平を中心に、中央気象台の大谷予報課長、海軍の気象担当将校らが集まり、ハワイ沖やフィリピン近海の海上天気予報について協議した。

 

もちろん、藤原咲平が日米開戦を知ったのは、真珠湾攻撃の後のことでした。

「天気を読む」ということが、戦争の行方にも関わってしまう。

そう考えると、気象学というものも、なかなか凄い世界です。

 

 

さて。

そんなことを調べていたら、ふと思い出したのが、まもなく公開される『ゴジラ-0.0』です。

こちらには、天才気象予報官が登場します。

しかも「まさみん」。

長澤まさみさんです。

気象台から大型災害対策事務局に出向しているという設定。

襲い来る絶望に対して、知力を尽くして抗う人物として描かれるようです。

 

 

最新予告でも、

「来ます」

という、なかなかカッコいいセリフがあります。

何が来るのか。

うすうすお分かりのかたも多いでしょう。

 

 

長澤まさみさんが「ゴジラ」に参加するのは、じつに『ゴジラ FINAL WARS』(2004)以来。

22年ぶりということになります。

その前年の『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』にも出演していて、そのときの「まさみん」は何だったか。

 

 

これです。

「小美人」。

 

 

変な呼び方ですが、インファント島の守護神・モスラと意思疎通を行う、二人組の女性です。

東宝のプロデューサーだった田中友幸が、女性にも見てもらえる怪獣映画を作ろうと考え、南の島の守護神であるモスラと、それに仕える「小美人」という設定を考えた。

当初は、なんと「巨人」にする案もあったという。

「大美人」か!

 

Mothra 1961

 

そして、栄えある初代小美人。

こちらはザ・ピーナッツのお二人。

モスラといえば、この二人ですね。

 

それにしても。

「小美人」だったまさみんが、今度は天才気象予報官としてゴジラを迎え撃つ。

なかなか感慨深いものがあります。

 

 

そして、まさみんの戦う相手、ゴジラ。

もちろん架空の怪獣です。

しかし、ゴジラは単なる怪獣ではありません。

巨大な災厄の象徴でもあります。

人間の力ではどうにもならない巨大なものが突然現れ、こちらへ向かってくる。

そう考えると、昨今の台風や豪雨、水害などの恐ろしさと、どこか重なって見えてきます。

 

「来ます」。

 

天才予報官がそう告げる。

台風も、豪雨も、津波も、そして怪獣も。

人間から見れば、「来るもの」なのです。

 

藤原咲平は、二つの巨大な「渦」が互いに影響し合うことを研究しました。

そして現代の「まさみん」は、巨大な災厄が来ることを予測して、それに立ち向かう。

 

なんだか、うまくつながってしまいました。

「藤原の効果」からゴジラまで。

気象の話を書いていたはずなのですが。

なんか話が脱線してきましたので、この辺で終わります。

0630 起床 晴 資料編「綱吉時代の災害年表」

血圧値 125/83/80 酸素飽和度 99% 体温 36.0℃ 体重 66.2キロ 運勢 Wheel of Fortune

 

今度は、北海道の十勝岳の危険度アップの報道がありましたね。

ほんと、どうなっているんだろう。

 

【最新】十勝岳の噴火警戒レベル3「入山規制」周辺宿泊施設で予約キャンセル約50件…紅葉シーズン控え観光への影響懸念〈北海道〉

 

「繁栄」と「災厄」と「不安」が表裏一体になった時代。

徳川綱吉の元禄・宝永年間。

 

先日アップした記事を、たくさんの人に見ていただきました。

ありがとうございます。

 

0630 起床 雨 昨今の「天変地異」は、「あの人の時代」に似ている。 - にこたろう読書室の日乗

0630 起床 曇 「元禄・宝永」は、本当に「天変地異の時代」だったのか。 - にこたろう読書室の日乗

 

 

元禄年間の主な出来事を整理しておきます。

 

出来事
元禄元年1月 井原西鶴が『日本永代蔵』を刊行する。
元禄元年11月 柳沢吉保側用人に就任する。
元禄元年 大坂堂島の新地ができる。
元禄元年 高知で初めて義太夫節が語られる。
元禄2年3月27日 松尾芭蕉河合曾良江戸深川から奥の細道の旅に出る。
元禄2年4月 長崎に唐人屋敷ができる。
元禄2年8月 松尾芭蕉美濃国大垣で奥の細道の旅を終える。
元禄2年11月 渋川春海が展望台を建造する。
元禄3年8月 オランダ商館に医師のケンペルが来日する。
元禄3年10月 捨て子禁止令が発令される。
元禄5年 江戸での寺院建立を禁止する。
元禄5年 善光寺の秘仏が厨子の中に存在しないとの噂が広がり、有無を検分のため幕府が使者を派遣。
元禄6年12月 新井白石甲府藩主徳川綱豊の侍講となる。
元禄7年2月 菅野六郎左衛門村上庄左衛門による高田馬場の決闘。助太刀をした堀部武庸が評判になる。
元禄8年2月 関東の天領に対して検地を行う。
元禄8年8月7日 金銀改鋳の布告が出される。9月15日から鋳造開始。
元禄8年11月 江戸の野犬を中野に設置した犬小屋に収容する。
元禄8年12月22日 荻原重秀勘定奉行に就任。
元禄9年 竹島への渡海を禁止する。
元禄11年9月6日 江戸大火。
元禄13年8月 日光奉行を設置する。
元禄13年11月 金銭銀銭の交換比率を定める。
元禄14年3月14日 江戸城内の松の廊下赤穂藩藩主浅野長矩高家肝煎吉良義央に切りつける。
元禄15年12月14日 赤穂事件
元禄16年2月4日 大石良雄らが切腹する。
元禄16年 貝原益軒が『筑前国続風土記』を編纂する。
元禄16年5月 近松門左衛門の「曽根崎心中」が初演される。
元禄16年11月23日 元禄地震が起こる。

 

 

綱吉の治世の後半は天変地異が相次ぎました。

 

資料編として、ジャンルごとに、少し細かく事例をまとめておきます。

前の記事の補完データです。

なんとも泣き面に蜂状態です。

 

①地震・津波・噴火

 

・元禄7年出羽北部津軽地震-野代が能代に改名した契機の大震災……… 1694年6月19日(元禄7年5月27日)

・陸前石巻、高波で河口港に停泊中の船が流され船頭水主多数死亡、地震津波か……… 1696年11月25日(元禄9年11月1日)

・元禄地震 ……… 1703年12月31日(元禄16年11月23日)

・元禄から宝永へ改元。元禄地震による ……… 1704年4月16日(元禄17年3月13日)

・宝永元年能代地震-野代から能代に改名 ……… 1704年5月27日(宝永元年4月24日)

・宝永地震、最大級の東海~南海連動超巨大地震-富士山宝永大噴火誘発か……… 1707年10月28日(宝永4年10月4日)

・富士山宝永噴火、超巨大地震宝永地震が誘発か。……… 1707年12月16日~08年1月1日(宝永4年11月23日~12月9日)

・富士山宝永噴火二次災害、酒匂川河床火山灰で上がり足柄平野大洪水……… 1708年8月7日~8日(宝永5年6月21日~22日)

・宝永7年伯耆・美作地震。民家倒潰1000余……… 1710年10月3日(宝永7年閏8月11日)

 

②飢饉・洪水・台風

 

・元禄8~9年奥州大飢饉、津軽藩で家臣の約半数強を召し放ち(解雇)……… 1695年8月下旬~1696年(元禄8年7月中旬~9年)

・元禄9年磐城小名浜(現・いわき市)謎の高潮被害、船頭、漁師など2450人余が犠牲に……… 1696年7月25日(元禄9年6月27日)

・元禄12年8月台風、北九州、東海、北陸、関東、東北各地に被害、江戸米不足で物価騰貴……… 1699年9月6日~8日(元禄12年8月13日~15日)

・元禄14年夏、京都大雷雨 ……… 1701年7月24日~25日(元禄14年6月19日~20日)

・元禄14年東海・東日本風水害-冬、元禄の飢饉へ……… 1701年9月18日~21日(元禄14年8月16日~19日)

・元禄15年7月末台風、四国、中国地方中心に被害……… 1702年8月21日~22日(元禄15年7月28日~29日)

・元禄15年8月末の台風、北九州・中国地方を席巻、筑前で50年来の大風雨……… 1702年9月20日~21日(元禄15年8月29日~30日)

・朝鮮国訳官使、対馬へ渡航中、鰐浦沖で遭難 ……… 1703年3月21日(元禄16年2月5日)

・宝永元年江戸川決壊、江戸東部、下総洪水 ……… 1704年8月3日~4日(宝永元年7月3日~4日)

・宝永5年筑後川大洪水、久留米藩農地の6割~8割が荒廃する大被害……… 1708年5月22日(宝永5年4月3日)

・富士山宝永噴火二次災害、酒匂川河床火山灰で上がり足柄平野大洪水……… 1713年7月27日~29日(正徳3年6月6日~8日)

 

③火事・疾病

 

・金沢元禄3年の大火、二か所から出火し丸二日間6600余戸に延焼した史上屈指の大火災……… 1690年4月24日~26日(元録3年3月16日~18日)

・京都元禄3年の大火。断片的な記録と異なる被災数だが、焼失面積から1000余戸焼失と見る……… 1691年1月7日(元禄3年12月9日)

・幕府、京都火消(大名火消)置く-その後幾多の変遷を重ね京都の街を守る……… 1691年10月21日(元禄4年9月1日)

・江戸町奉行、町名主に防火用水設備の点検実施指示、現在も生きている御指示の主旨
 ……… 1692年2月4日(元禄4年12月18日)

・伊予(愛媛県)別子銅山、大火災起こし全山壊滅-しかし3年後、全国銅産出量の28%占める……… 1694年5月18日(元禄7年4月25日)

・江戸四谷元禄8年御門前の大火 ……… 1695年3月22日(元禄8年2月8日)

・江戸町奉行、喫煙しながらの市中往来禁じる-300年後東京都千代田区が踏襲……… 1695年11月7日(元禄8年10月1日)

・江戸町奉行、防火のため日常の消し炭の取扱についてお触れ……… 1696年3月5日(元禄9年2月2日)

・久留米元禄9年の大火「白石火事」 ……… 1696年3月11日(元禄9年2月8日)

・鹿児島元禄9年の大火、1400軒余焼失放火とわかる ……… 1696年5月23日(元禄9年4月23日)

・江戸大塚-麹町元禄10年の大火 ……… 1697年11月30日(元禄10年10月17日)

・長崎元禄11年の大火、土蔵焼き貿易物品42億円余が灰に……… 1698年5月31日(元禄11年4月22日)

・江戸元禄11年の大火「勅額火事」-上野広小路の設置……… 1698年10月9日(元禄11年9月6日)

・幕府、火事場目付を任命、定火消などの消火活動を監察。使番の役割について……… 1698年10月21日(元禄11年9月18日)

・高知元禄11年の大火、2100余戸焼く ……… 1698年11月8日(元禄11年10月6日)

・江戸日本橋元禄11年石町の大火、江戸の中心街焼く、将軍御成りの柳沢吉保邸が臨時の防火指揮所? ……… 1699年1月10日(元禄11年12月10日)

・大和郡山元禄12年の大火、城下の3分の1焼失……… 1699年2月25日~26日(元禄12年1月26日~27日)

・丹波福知山元禄12年の大火、三度目の正直で防火都市として再建……… 1699年10月~11月(元禄12年閏9月)

・名古屋元禄13年の大火、城下の西半分が灰となる ……… 1700年3月27日(元禄13年2月7日)

・桑名元禄14年の大火、町民たち梅見で留守中の惨禍-復興後、野村騒動起きる……… 1701年3月15日(元禄14年2月6日)

・元禄14年、彦根城下未曽有の大火、湖畔より東へ彦根道まで延焼……… 1701年11月6日(元禄14年10月7日)

・江戸城内の防火細則決まり相触れ、具体的な規定で防火を徹底させる……… 1702年12月(元禄15年11月)

・鹿児島元禄16年の大火「勝目殿火事」 ……… 1703年3月22日(元禄16年2月6日)

・江戸元禄16年四谷伊賀町-麻布の大火、大名屋敷街をひとなめに……… 1703年12月26日(元禄16年11月18日)

・江戸元禄16年の大火「水戸様火事」 ……… 1704年1月6日(元禄16年11月29日)

・奈良宝永元年の大火 ……… 1704年5月14日(宝永元年4月11日)

・伊勢山田(伊勢市)宝永3年の大火、外宮は官民共同で守り無事……… 1706年12月6日(宝永3年11月2日)

・仙台宝永4年の大火、連続大火で一軒屋敷2000軒余焼く……… 1707年3月23日(宝永4年2月20日)

・熊本宝永4年の大火、物流の拠点古町地区に延焼 ……… 1707年4月7日(宝永4年3月5日)

・仙台宝永5年の大火、城下町のほとんどを焦土と化した江戸時代最大の火災……… 1708年3月16日(宝永5年閏1月24日

・京都宝永5年の大火、内裏を始め宮家御所、公卿屋敷など110余、町家、寺社など1万1000余焼く……… 1708年4月28日(宝永5年3月8日)

・熊本宝永5年の大火、町家1200軒余ほか武家屋敷多く焼く……… 1708年4月30日(宝永5年3月10日)

・大坂宝永5年の大火「道修(どしょう)町焼」商都大坂の中心部焦土に……… 1709年2月8日~9日(宝永5年12月29日~30日)

・幕府、京都火消を京都常火消として復活し、町人地、寺町の消火を担当。譜代大名による禁裏御所方火消も新たに編成し京都の消防体制いっそう強化……… 1709年4月(宝永6年3月

・岩代若松(会津若松市)宝永6年の大火、強風による飛び火で被害拡大……… 1709年5月16日(宝永6年4月7日

・はしか全国的流行、将軍綱吉も感染し死去……… 1708年10月~09年5月ごろ(宝永5年9月~6年4月ごろ)

 

これはまさに、「天変地異の連鎖」ですね。

昨今の国内外の状況を彷彿とさせるものがあると思うのです。

 

 

0630 起床 曇 「元禄・宝永」は、本当に「天変地異の時代」だったのか。

血圧値 115/73/70 酸素飽和度 98% 体温 36.2℃ 体重 67.0キロ 運勢 The Magician

 

前回の続きです。

 

徳川綱吉の時代。元禄から宝永へ。

この時代は、元禄文化が花開いた「繁栄の時代」であると同時に、地震・洪水・飢饉・大火・噴火などが相次いだ「災厄の時代」でもありました。

では、実際にどんなことが起きていたのでしょう。

ちょっと年表をめくってみます。

 

まず、地震。

 

 

元禄7年(1694)には、出羽北部で大きな地震が起きています。

元禄9年(1696)には、陸前の石巻で高波による大きな被害。

そして、元禄16年(1703)11月23日。元禄地震。

関東大震災より200年以上前のことです。

房総沖から相模湾にかけて発生した巨大地震で、関東南部を中心に大きな被害をもたらしました。

江戸でも多数の家屋が倒壊し、火災が発生。相模湾や房総では津波も襲いました。

 

そして、これで終わりではありません。

元禄17年。元禄から宝永へ。改元です。

 

ところが、宝永の時代に入っても災害は続きます。

宝永元年(1704)には能代地震。

 

 

江戸川の決壊による洪水。

各地で水害。

 

そして、宝永4年(1707)。10月28日。宝永地震。

これは、とんでもない地震です。

東海道沖から南海道沖にかけて連動した、歴史上最大級の巨大地震。

東海から近畿、四国、九州まで広い範囲が揺れ、津波も各地を襲いました。

 

そして。その、わずか49日後。12月16日。

富士山が噴火します。宝永噴火です。

 

 

富士山の南東斜面。現在の宝永山があるあたりから、大量の火山灰が噴き出しました。

江戸にも火山灰が降ったといいます。

 

富士山が噴火した。

それだけでも大変ですが、さらに困ったことが起きます。

大量の火山灰が山地や河川に積もった。その結果、酒匂川などでは河床が上がり、その後の大雨によって洪水が発生。

 

噴火そのものだけでなく、「噴火の後の二次災害」まで続いたのです。

地震。津波。噴火。洪水。

まさに「泣き面に蜂」です。

 

 

 

しかし、地震だけではありません。

この時代、大火も多い。

 

 

元禄3年(1690)には金沢で大火。

元禄11年(1698)には、江戸で「勅額火事」と呼ばれる大火。上野広小路が設けられるきっかけの一つにもなりました。

元禄16年(1703)。元禄地震の直前にも江戸では大火が発生しています。

そして宝永5年(1708)。京都で大火。

内裏をはじめ、宮家の御所、公卿の屋敷、町家、寺社など、京都の広い範囲が焼失しました。

 

 

火事は江戸だけではありません。

大坂。名古屋。金沢。高知。鹿児島。仙台。熊本。

全国各地で大火が記録されています。

 

江戸時代の都市は木造です。

火事は、現代の都市火災とは比較にならないほど恐ろしい。

しかも強風が吹けば、火はあっという間に町を飲み込む。

だから幕府も、火消を整備する。防火用水を点検する。消し炭の扱いを規制する。市中での喫煙を禁じる。など、次々と対策を講じています。

つまり、「災害が多かった」だけではありません。

災害が多かったからこそ、「防災」というものが行政の重要な仕事になっていった。

ここは現代にも通じます。

 

 

そして、飢饉。

元禄8~9年(1695~1696)には奥州で大飢饉。津軽藩などでは深刻な食糧不足に見舞われました。

元禄14年(1701)には東海・東日本で風水害。その後、飢饉へとつながっていきます。

 

 

台風や洪水は、単なる「その日の災害」ではありません。

田畑を壊す。収穫を減らす。米価を上げる。生活を圧迫する。そして、飢饉につながる。災害が別の災害を生む。

 

ここが重要です。

 

「地震が起きた」「台風が来た」「噴火した」と、それぞれを別々に考えると、ただの災害一覧になります。

しかし、実際の人々の生活から見ると、地震→火事→洪水→凶作→飢饉→物価上昇という具合に、災厄が連鎖していく。

 

そして最後にやって来るのが、病気です。

 

宝永5年(1708)から6年(1709)にかけては、麻疹が全国的に流行。

そして、綱吉自身も感染します。

 

 

宝永6年1月10日。徳川綱吉、死去。享年62。

死因については、麻疹によるものとされています。

 

なんとも、最後まで「災厄の時代」です。

 

 

こうして並べてみると、確かにすごい。

しかも、単発ではありません。

元禄から宝永へ。約20年ほどの間に、全国各地で繰り返し起きています。

 

ただし、ここで注意しなければならないことがあります。

「元禄・宝永は、日本史上でも特別に災害が多かった時代だった」と、単純に断定することはできません。

昔の日本では、地震も台風も洪水も火事も、いつの時代にも起きています。

記録の残り方にも地域差があります。

そして、後世になって記録を集めてみると、「たくさん起きているように見える」という問題もあります。

 

それでもこれだけの大災害が、比較的短い期間に重なっている。

これは、やはり無視できません。

 

その一方で、芭蕉が『奥の細道』を旅し、西鶴が町人の世界を描き、近松が『曽根崎心中』を書き、江戸や大坂では出版文化が発展し、町人たちは商売をし、芝居を見、遊び、旅をしていた。

 

 

つまり、「災害の時代」と、「文化の時代」が同じカレンダーの上に存在している。

元禄という時代の面白さは、そこにあるのだと思います。

 

 

そして、ここで現在に戻ります。

 

地震。台風。線状降水帯。豪雨。土石流。猛暑。山火事。

 

 

次々に「これまで経験したことのない」という言葉を聞いています。

もちろん、元禄・宝永と現在を同じものとして考えることはできません。

当時にはなかった気象観測網があります。地震計があります。人工衛星があります。気象予報があります。防災技術も、医療も、建築も、江戸時代とは比較にならないほど進歩しています。

 

それでも。

災害そのものを、私たちは消すことができない。

 

むしろ文明が発達したことで、「これだけ進歩したのに、なぜ?」という新しい不安が生まれているのかもしれません。

元禄の人々も、そうだったのではないでしょうか。

 

繁栄と不安。文明と自然災害。

この二つは、どうやら簡単には切り離せない。

徳川綱吉の時代を調べていて、そんなことを考えました。

 

「天変地異」は、時代を終わらせるとは限らない。むしろ人間は、天変地異の中でも、

本を読み、芝居を見て、旅をして、商売をして、笑って、恋をして、文化を育んでいく。

そう考えると、元禄という時代は、「災害の時代」だったのではなく、災害と一緒に生きていた時代だったのかもしれません。

 

そして、それは、どうやら今も同じなのです。

 

0630 起床 雨 昨今の「天変地異」は、「あの人の時代」に似ている。 

血圧値 134/83/74 酸素飽和度 98% 体温 36.1℃ 体重 67.0キロ 運勢 Justice :R

 

各地で線状降水帯や台風の被害。地震・雷・火事・土石流。

 

ともかく、ここ数年の「世界」の状況は、まさに「天変地異」の連鎖です。

「これまで経験したことのない」という言葉も、ずいぶん聞くようになりました。

どうも「日本の、あの時代」に似ている。

それは、徳川綱吉の時代です。

 

 

将軍在位でいえば、延宝8年(1680)から宝永6年(1709)まで。その中心となるのが、いわゆる「元禄時代」です。

ところが、この「元禄」という時代。

私たちが持っているイメージは、案外、明るいものではないでしょうか。

 

元禄文化。井原西鶴。松尾芭蕉。近松門左衛門。

江戸、大坂、京都を中心に町人文化が大きく花開き、商業が発達し、出版文化も盛んになった時代です。

 

人口という点から見ても面白い。

17世紀末から18世紀初頭の日本は、世界人口に占める日本人の割合がかなり高かった時代で、推計によっては世界人口のおよそ5%を日本人が占めていたとされます。

つまり、「鎖国していた小さな島国」というイメージだけでは、この時代の日本は捉えきれない。

 

出版もそうです。

それまで主として宗教や学問などに関わっていた印刷文化が、元禄期には町人社会へ大きく広がっていきます。井原西鶴の『日本永代蔵』が刊行されたのも元禄元年、1688年。

本を読む。本を買う。人々が物語や俳諧や実用書を楽しむ。「読む」という行為が、庶民の生活の中へ広がっていった。

 

つまり元禄とは、「繁栄と文明の時代」でもあったわけです。

 

ところが。

その繁栄の背後には、なんとも不気味なものが迫っていました。

 

地震。大火。大風。洪水。飢饉。津波。そして噴火。

 

「繁栄」と「災厄」と「不安」。

この三つが、表裏一体になっていた時代だったのです。

 

 

ところで、徳川綱吉という人。

現代の日本人が持っているイメージは、あまり芳しくないと思います。

ひとつには、テレビや映画などの影響も大きいでしょう。

綱吉がドラマに登場するといえば、基本的には『忠臣蔵』か『水戸黄門』。

そして、そこで描かれる綱吉は、どうも「困った将軍」であることが多い。

「犬公方」。「生類憐みの令」。柳沢吉保。そして、赤穂事件。

 

 

とくに『忠臣蔵』の世界では、綱吉の幕府が浅野内匠頭を切腹させ、吉良上野介をめぐる事件を引き起こした、という構図になります。

悪役にする材料が、これでもかというほど揃っている。

 

しかし、綱吉の治世をもう少し広く眺めてみると、必ずしも「犬を大切にした困った将軍」というだけではありません。

幕府の統治機構を整え、学問を奨励し、出版や文化が発展していった時代でもあります。

 

そして何よりも気になるのが、綱吉の治世の後半に集中する、数々の災害です。

 

元禄11年(1698)の江戸大火。

元禄16年(1703)の元禄地震。

その後の洪水。

そして宝永4年(1707)の宝永地震。

そのわずか49日後に始まった富士山の宝永噴火。

さらに宝永5年(1708)には京都の大火。

 

なんだか、次から次へとやって来ます。

もちろん、現代の私たちは、地震や台風や噴火を「将軍の政治が悪いから起きた」とは考えません。

しかし、当時は違いました。

政治や君主のあり方と、天変地異を結びつけて考える「災異思想」がありました。

天に異変が起きる。それは、地上の政治に何か問題があるからではないか。

つまり、「天が怒っているのではないか」という発想です。

将軍様には悪いけど。

これだけ続けば、「俺のせいなの?」

と思ったかもしれません。

 

そして、元禄地震の後、元禄17年は「宝永元年」と改元されます。

改元にはさまざまな理由がありますが、災異を避け、世の中を一新するという意味もありました。

ところが。

元号を変えても、天変地異は止まりません。

 

宝永4年(1707)10月4日。宝永地震。

東海から四国・九州に及ぶ広い範囲を襲った、歴史上最大級の巨大地震です。

そして、その49日後。12月16日。富士山が噴火します。

現在、富士山の南東側に「宝永山」という大きな山体が見えます。

あれは、この宝永噴火によってできたものです。

 

 

地震。津波。噴火。

もう、なんと言っていいのか。

将軍様も、「なんなんだよう」と思ったことでしょう。

 

 

ただし、ここで一つ大事なことがあります。

「元禄・宝永=災害の時代」とだけ考えてしまうと、この時代の本当の姿を見失います。

なぜなら、この時代は同時に、人々が本を読み、芝居を見て、俳諧を楽しみ、商売をし、旅をし、都市を大きくし、新しい文化を生み出していた時代でもあったからです。

つまり、「繁栄しているのに、不安が消えない。」

そんな時代だったのではないでしょうか。

 

これは、少しばかり現代に似ていないでしょうか。

科学も医学も、昔とは比較にならないほど進歩しました。

情報も瞬時に世界を駆け巡ります。

豊かになり、便利になり、人間は自然をかなり制御できるようになった。

それでも、地震。台風。豪雨。土石流。猛暑。山火事。そして、世界各地で起きるさまざまな災害。

 

 

「これまで経験したことのない」という言葉が、毎年のように聞こえてくる。

文明が進めば、災厄がなくなるわけではない。むしろ、文明が発達したからこそ、

「これだけ文明が進んだのに、なぜ?」という不安が生まれるのかもしれません。

 

元禄の人々も、ひょっとすると同じようなことを感じていたのではないでしょうか。

繁栄している。文化も豊かになった。世の中も大きく変わった。なのに、なぜか不安だ。

そして、その不安の向こうから、また一つ。また一つ。天変地異がやって来る。

 

徳川綱吉の時代。

それは、そんな不思議な時代でもありました。では、実際にこの時代には、どれほどの「天変地異」が起きていたのでしょうか。

ちょっと調べてみました。

 

これが、かなり凄いことになっていました。

 

(つづく)

0630 起床 雨 「イコールアース図法」ていうのも初めて聞いた名前ですね。僕だけなのか?

血圧値 129/88/75 酸素飽和度 99% 体温 36.3℃ 体重 67.4キロ 運勢 The Devil :R

 

【9月4日採択】国連総会が「イコールアース図法」決議を採択!164カ国賛成・メルカトル図法からの転換で世界地図が変わる?

 

2026年9月4日、国連総会は「イコールアース図法」の世界地図を普及・奨励する決議を採択しました。164カ国が賛成、米国が反対、6カ国が棄権。

私たちが慣れ親しんだメルカトル図法の世界地図は、アフリカを実際より小さく、欧米を実際より大きく描いていました。決議には法的拘束力はないものの、加盟国の大多数が賛同したことで、日本を含む各国の教科書やメディアの地図が差し替えられる可能性が生じています。

 

現物を観てみれば、わかりやすい。

 

(メルカトル図法)

 

 

(イコールアース図法)

イコールアース図法とメルカトル図法の最大の違いは、イコールアース図法は「面積」を保ち、メルカトル図法は「角度」を保つことです。

そもそも地球という「球体」を「平面」に描き移すわけですから、どうやっても形は歪みます。

 

なので、「面積」「方角」「距離」「形状」などの要素の、どれかを取れば、どれかが犠牲になる。これは「地図」が紙に描いた平面上の形態である限り、やむをえません。

 

つまり議論の中心にあるのは、単なる地図デザインの好みではなく、「世界の地域どうしの大きさを、見る人にどのような印象で伝えるのか」という問題です。

 

ところで、昔学校で習ったモルワイデ図法とイコールアース図法の違いは何なのか?

 

どちらも面積が正しく計算される「正積図法」ですが、モルワイデ図法は極周辺の形状がかなり歪むのに対し、イコールアース図法は形状の歪みを抑えて配置されているという違いだけのようでした。

これは2018年に発表された新しいものなので、僕たちが聞いたことがないのも無理はありません。

 

メルカトル図法は16世紀、大航海時代の航海のためにフランドルの製図師ジェラルドゥス・メルカトルが考案しました。方位(方角)を正確に保つことに優れ、海図として広く使われてきましたが、面積の歪みが大きいという問題があります。

具体的には、高緯度の地域(北米・欧州など)ほど面積が大きく表示され、低緯度のアフリカや南米は相対的に小さく描かれます。

代表的な例:

アフリカとグリーンランド:メルカトル図法ではほぼ同じ大きさに見えるが、実際はアフリカが14倍以上の大きさ
ブラジルとアラスカ:メルカトル図法ではアラスカの方が大きく見えるが、ブラジルの方が実際は大きい
アフリカ諸国は、この地図上の「ゆがみ」がアフリカが政策や教育で過小評価される要因の一つになっていると指摘しています。

 

イコールアース図法(Equal Earth projection)は、正積図法(地図上の任意の場所で実際の面積との比が等しくなる)として設計された世界地図用の投影法です。以下の特徴があります:

高い人気を誇るロビンソン図法に類似し、かつ厳密に正積
地球の球形を示唆する湾曲した側面を持つ
緯線が直線で、赤道からの距離が把握しやすい
緯線に沿って経線が等間隔
投影規則が効率的に計算機処理でき、実装が容易
ガル・ピーターズ図法の公平性への懸念を受けて、ロビンソン図法の意匠から着想を得て作成されました。

2020年代には多くの国で採用が進められていましたが、国連総会決議により世界的な標準化が加速する見込みです。

 

 

これは「紙(2D)」に描かれた地図を念頭にした感覚ですよね。

僕たちはグーグルアースのような3Dの立体地図を見ることに慣れてきているから、そこまでメルカトル図法的センスを絶対視しているわけではないけど、やはり子供のころから刷り込まれてきた思い込みというのはあるかな。

 

「教科書」も電子版が普通になりつつあるし、地図を見る時も、ほとんどこういう3Dマップを使うのが常識になりつつあるから、今回の「図法」問題は、なんか時代遅れのような気がするけどなあ。

 

 

 

ただこれは「世界」をどのようにイメージするか、させるか、という問題です。

欧米中ロという「先進国」にとっては、自分を「大きく見せる」というメリットは、ずっとありがたいものだったわけですね。

それに赤道周辺の「第三世界諸国」が、このような形で異を唱えるというのも当然のことですが、これまでずっと黙ってきたというのも、むしろ不思議なことですね。

0630 起床 曇 クリスティ、最高のだいどんでん。『検察側の証人』という映画。(やや、ネタバレ注意)

血圧値 128/87/72 酸素飽和度 98% 体温 36.2℃ 体重 67.7キロ 運勢 The Empress

 

アガサ・クリスティ、最高のだいどんでん、と言えば。

 

そして誰もいなくなった。

アクロイド殺人事件。

オリエント急行の殺人。

ABC殺人事件。

この辺りが脳裏をよぎったことと思います。

 

でも、違います。

 

『検察側の証人』 これです。

 

 

アガサ・クリスティの法廷劇を、ビリー・ワイルダーが映画化した1957年の作品です。

主演はチャールズ・ロートン、タイロン・パワー、そしてマレーネ・ディートリッヒ。

 

 

邦題は『情婦』でしたね。

これはいかにも昭和のセンス。

 

 

言い古された表現ですが、この映画をまだ観ていないという幸運なあなたであれば、ぜひ観てみてください。(以下、もろなネタバレはしませんが、念のためここでブログアウトしてください)

 

いやあ。これは凄い。

「どんでん返し」という言葉があります。ミステリーではおなじみの言葉です。

最後になって、それまで見えていた景色が、全部ひっくり返る。

 

ところが『検察側の証人』は、ちょっと違います。

一回ひっくり返るだけではない。

ひっくり返ったと思ったら、もう一度ひっくり返る。

そして、さらにもう一度。

まさに、「だいどんでん」です。

 

 

主人公は、殺人事件の容疑をかけられたレナード・ヴォール。

タイロン・パワーが演じます。

 

 

彼を弁護するのが、名弁護士サー・ウィルフリッド。

これを演じるのが、チャールズ・ロートン。

 

 

この人が、まあ、実にいい。

頭脳明晰。

弁護士としては超一流。

ところが、心臓を患って療養中。

医者からは「殺人事件なんか担当するな」と言われている。

 

 

それでもやる。

やりたいものは、やりたい。

こういう頑固な爺さんをやらせたら、チャールズ・ロートンは天下一品です。

 

そして事件の鍵を握るのが、ヴォールの妻、クリスティーン。

演じるのは、マレーネ・ディートリッヒ。

ここで、最初の大きな「えっ?」が来ます。

 

 

夫を救うために、妻が証人になる。

ところが。

その妻が、なんと「検察側の証人」として法廷に立つ。

夫を救うどころか、夫に不利な証言をする。

 

おいおい。どういうことだ?

観客は、ここで一度ひっくり返されます。

 


ところが、話はそれで終わらない。

ウィルフリッドは、クリスティーンの証言を追い詰めていく。

そして、彼女の証言が崩れていく。

さらに謎の女まで登場する。

何者なんだ、この女は。

 

そして裁判は、思わぬ方向へ。

「ああ、そういうことだったのか」と思ったところで。

また、ひっくり返る。

 

そして。(以下、自粛)

 

観客は、完全に騙された。

名弁護士ウィルフリッドも、騙された。

映画そのものに、騙された。

 

これが『検察側の証人』の恐ろしいところです。

普通のミステリーなら、「犯人は誰だ?」という問いに答えればいい。

ところが、この映画が観客に仕掛けてくるのは、もっと意地が悪い。

クリスティは、「あなたは、いま見ているものを本当に正しく理解していますか?」と、何度も問い直してくる。

 

 

これを可能にしているのが、マレーネ・ディートリッヒです。

思い出すのは、『嘆きの天使』。『モロッコ』。『上海特急』。

名女優ディートリッヒを世界的に有名にした作品群で、監督はいずれの作品もジョセフ・フォン・スタンバーグ。

 

彼女の存在そのものが、今回はミステリーの仕掛けになっている。

凄みのある演技。

これは映画だからできる「だいどんでん」ですね。

 

ちゃんと「100万ドルの脚線美」も見せて、歌も歌ってます。

 

(これはイメージ、ちょっと若いころ)

 

そして、もう一人忘れてはいけない。

チャールズ・ロートン。

たしか史上初めてエルキュール・ポワロを演じた人。

 

この人の名演があるからこそ、『検察側の証人』は最後のオチまで成立する。

ウィルフリッドは、観客より一枚も二枚も上手の名弁護士に見える。

この人なら全部お見通しだろう。そう思わせておいて。

そのウィルフリッドまで、見事に騙される。

 

Witness for the Prosecution (1957)

 

つまり、この映画では、観客が騙されるだけではない。名探偵役まで、一緒になって騙される。

そしてその後に、もう一枚のレイヤーが。

 

ビリー・ワイルダー監督。

 

 

『サンセット大通り』。『アパートの鍵貸します』。『お熱いのがお好き』。

この人は、悲劇も喜劇も、そして人間の「ちょっと嫌なところ」も、全部映画にしてしまう。三谷幸喜がもっとも尊敬するという、古き良きアメリカ映画の名職人。

 

『検察側の証人』も、単純な法廷ミステリーではありません。

緊張する法廷劇なのに、どこか可笑しい。

ウィルフリッドと看護師(エルザ・ランチェスター)とのやり取りなんか、まるでコメディです。

 

 

それなのに、最後にはぞっとする。

この緩急が、実にワイルダーらしい。

 

ウィルフリッド先生、カリブ海に保養に行くのを取りやめて、「次の弁護」にやる気満々、というラストシーンが良いですね。

バミューダパンツまで買ったのに。

 

 

僕は今回、もう一度この映画を観なおしています。

結末を知ってから観る『検察側の証人』は、果たして同じ映画なのか。

そこが楽しみなのです。

一度目は、「騙された!」という映画。

二度目は、「どこで騙されていたんだ?」という映画。

そう考えると、これは再鑑賞に向いているミステリーなのかもしれません。

結末を知った上でもう一度見る。

すると、映画の中に別の映画が見えてくるかもしれない。

 

ミステリーの「どんでん返し」は、一度しか使えない。

普通は、そう思います。

犯人が分かってしまったら、それでおしまい。

ところが『検察側の証人』は違う。

一度騙された人間を、もう一度騙す。

そして、二度目に観ると、「どうやって僕を騙したんだ?」という、別の謎が始まる。

だから僕は、この映画を、「クリスティ、最高のだいどんでん」と呼びたいと思うのです。

0630 起床 曇 『ゴジラ-0.0』の最新予告編、来ました! 飛行機と艦艇の新情報。「まさみん」も。

血圧値 133/77/70 酸素飽和度 98% 体温 36.0℃ 体重 68.0キロ 運勢 Justice

 

昨夜、23時53分、『ゴジラ-0.0』の最新予告編が公式サイトに公開されました。

新しく判明したことを、簡単に報告します。

 

映画『ゴジラ-0.0』公式サイト

 

⓪キングギドラ登場か?

 

これは引力光線と、鳴き声らしきものがうっすら感じられるくらいなので、まだ未確定です。ただ、松本という場所に因縁があるので、感じるものはある。

 

画像

(1964年『三大怪獣 地球最大の作戦』)

 

これまでのゴジラシリーズが、敵怪獣の出現→ゴジラのヒーロー化(人類のお友達になる)、という微妙な展開をしたことの踏襲がまたここで来るとも思えないのですが。

 

 

「毒を以て毒を制すじゃ」とかいうセリフが聞えるので、ちょっと心配。

監督は人間のドラマを描きたい、と言っているので、まあ大丈夫でしょう。

 

①二式大艇は12型みたい

 

 

機首のところがトゲトゲしいので、電探を装備した「川西 H8K 二式飛行艇 12型」だと思います。 連合軍におけるコードネームは「Emily(エミリー)」。

 

 

人がたくさん乗れるのと、水上発進できるので、物語上なにか特定の用途があるのだと思います。

 

これは爆撃機ではないので、大きな爆弾は積めません。

動画に出てくる、爆弾倉から徹甲弾みたいな形の大きな爆弾を投下するシーンはこの機ではないでしょう。

なので、下のメイキング画像に見られる大型機はなにか、という議論があったのですが。

 

 

②「深山」来ました

 

 

スカイレーダーの編隊とともに行動する、この4発機。

垂直尾翼のH形からみて、試作を含め6機しか生産されなかった幻の重爆「深山」で確定です。

メイキングの張子の風防の形状も一致します。

 


 

なんで「連山」でなくてこっちにしたのかな。どちらも中島飛行機の製造です。

失敗作とか陸上攻撃機という名のほとんど輸送機とか言われて、いろいろ突っ込みどころのある機体なのですが。

 

 

もともと、長距離渡洋爆撃でアメリカ本土を狙える能力を、と開発されたものなので、ゴジラは向こうから勝手に攻めてくるんだから、そんな航続距離なんかは不要です。

たぶん、爆弾の積載量が大きいやつが必要だったのでしょう。今回の「鳴神(なるかみ)作戦」には。

どうせなら、「富嶽」に来て欲しかったかな。これは企画のみで終わりましたが。

 

 

ちなみに、主戦場のひとつである下のシーン、この背景に見える山脈はどこなのでしょうか。

長野県の松本の町がしばしば登場するので、あの辺りの山なのかな。

 

 

③アイオワ級戦艦来ました

 

 

なんとまさかの米海軍艦艇、それも超巨大戦艦。

大和型に次ぐ、世界第2の規模の戦艦、アイオワ級でまちがいないけれど、まあ、「ミズーリ」でしょうね。状況を考えて。

 

 

アメリカ海軍史上最大にして最後の高速戦艦。

1番艦から順にアイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシンの4隻が就役し、現在は建造された4隻全てが博物館船として保存され、アメリカ各地で第二の余生を送っています。

日本にとっては「ミズーリ」が因縁もあって忘れ難いですね。

ハワイで見ることができます。

 

ということは、新たな旧日本軍艦艇の登場は、未確認でした。

「戦艦」はもう見込み薄ですね。

 

0630 起床 曇 復活する台風。ゴジラみたいですね! 『ゴジラ-0.0』の登場艦艇を予想します。 - にこたろう読書室の日乗

 

 

あと、新キャストの発表があって、天才気象予報官「まさみん」、来ました。

かっこいい。

 

 

左は再登板の「Dr.コトーとか金田一さん」をやった人。

寅さんの「満男くん」もやってた。芸風が広いね。