血圧値 131/82/75 酸素飽和度 98% 体温 36.4℃ 体重 68.3キロ
ねじねじおじさんが、亡くなった。
こう言っても失礼ではないと思うから言いますが、なかなか良い死にかただったなあ。
良い、というのは羨ましい、という意味ね。
映画、ドラマのほかバラエティー番組でも活躍した俳優の中尾彬(なかお・あきら=本名同じ)さんが心不全で16日に死去していたことが分かった。81歳だった。葬儀・告別式は妻の女優・池波志乃ら近親者で営んだ。
各方面からコメントが出ていますが、脳科学者の茂木健一郎さんのものはこんな感じ。
「『ねじねじ』で有名となったあのファッションセンスには、中尾さんの類まれなるセンスが表れていたと思います。いろいろなことをご存知で、人間を深く愛し、すばらしい趣味をお持ちの、本当に類まれな方でした」
「こんなことになるなら、遠慮せずに、もっとご連絡して、いろいろお話をうかがっておけばよかったと、悔やまれてなりません」
たんなる社交辞令ではない、好意的なコメント多し。
いろいろあっても、愛されていた人だったんだなあ。
「いい人」には、「いい人」が集まってくる、のです。
それが、いい人生。
そして、遺るのは、唯一無二の個性。
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中尾さんは、2018年に書いた妻である池波との共著『終活夫婦』が話題になった。
「終活という言葉も知らなかったね。就職活動のことだと思っていた。終活というと、縁起の悪い方にとっちゃう。そうじゃなくて俺たちは、ただ片付けようと思っただけ」
中尾彬さん、終活語っていた「ただ片付けようと思っただけ」自らデザインしたお墓は既に完成 - スポーツ報知 (hochi.news)
元祖、終活おじさん。終活夫婦。
「私たちは子供がいない選択をしたので、お墓はどこに入れてもらうか決める責任があった」
中尾さんがデザインしたお墓は既に完成した。その後、千葉のアトリエと沖縄のマンションを手放し、書籍、衣類など細々したものは業者に引き取ってもらった。
「講談社よりも本持ってたんだよ。そこから例えば料理、映画とか分野ごとに分けた。そうしないと価値が分からないから」
「最近はよく業者さんから連絡が来るのよ。『ご不要な着物はありませんか?』『履かないお靴とかないですか?』って。二足三文ね。毛皮も買った時は何百万(円)でも、売ると2000~5000円」
「私たちより上の世代は『残しておいて何かあった時はこれを売りなさい』とか言っていたけど…」
「そんな価値ないよ」
「そうなの。それを理解し、現実を見ないといけない」
夫婦の思い出を納めた約1万点以上の写真を焼却してしまったことも。
「ついでくれる子供もいないんだし、邪魔なだけだから。びっくりするほどたくさんの写真をまとめて、これ全部処分してくださいって燃やしちゃいました」
「『もったいない』そう考えるのが一番ダメ。使うのはタブーだと思った方がいいです、何もできませんよ。
とはいえ、なかなか決断できません。整理するときに迷ったものを置いておく場所を作り、1週間何もしなかったら行先を考えよう。そう夫婦で決めました。
その一呼吸があることで、いろいろ思い出しますよね。どんな経緯で手に入れたのか。譲ってくれた方とどのような関係だったのか。そうした中で次第に決断ができるわけですよ。」
「そして、始めるときのポイントはでっかいものからやってしまうことです。
でっかいというのは物の大きさというよりは心に占める割合の大きさですね。これに手を付けたのだから、他もやるしかない。そう思えるものから始めるといいですよ。」
「どうして、整理をしようと思ったのか、(男なら一度は別荘を持ってみたいと思って60歳のときに購入した)沖縄のマンションの話からさらにさかのぼると、やはり病気がきっかけだと思っています。入院し、死を考えるようになった。しかし、それで生還してきました。
朝目が覚めて窓を開けて、登ってきた太陽を見て『よしまた一日を頑張ろう』日に日にそう強く思うようになりました。そして、意外と今まで、様々なものを蒐集してきたけれど、意外と何もなくても良いのだなと思うようになったのです。」
沖縄のマンション、400本の“ねじねじ”も手放したが…生前整理を進めていた中尾彬さんが明かしていた「最後まで捨てられなかったもの」
https://gendai.media/articles/-/130454
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中尾さんが終活を決意し実行したのは、風邪を軽視して致死率70%と言われる横紋筋融解症になり死にかけたことと、奥さんの難病の看護のこと。
やっぱりこれなんだよねえ。
僕なんかと比べるのは失礼かも、だけど。
命の見えかたが、180度変わる。
いろいろなかたの「訃報」が変に目につくこの頃ですが、これも僕のほうのものの見方が変わってきたせいだろうなあ。