にこたろう読書室の日乗

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0600 起床 気分快 晴 乱歩は窓の下を通る老人を見て永井荷風かもしれないと思う。「張ホテル」という木造二階建て洋館の小さなホテル。

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外気温12℃、晩秋の朝の空です。

 

 

東京メトロ南北線六本木一丁目駅界隈にあった永井荷風の「偏奇館跡」と「山形ホテル跡」を訪ねた話を、以前書きました。

 

0600 起床 気分快 晴 つくばから、六本木界隈へ。とても気持ちの良い秋晴れの一日。荷風論のための土地勘について、ちょっとだけ。 - にこたろう読書室の日乗

 

この駅の西側、六本木通りと麻布通りが交わる辺りの一画はかつて、麻布箪笥町と呼ばれていたのですが、このあたり、今、住友不動産六本木グランドタワーが立っている付近に、「張ホテル」という小さなホテルがありました。

 

現在の六本木通りの六本木交差点から溜池方面へ500メートルほど進んだところに、「六本木なだれ坂」の交差点があり、急な勾配のなだれ坂を右に、その手前の左の道を緩やかに上っていったところが、その場所。

現在はこのあたり、ビルが複雑に乱立していて、地形的な特徴がわかりづらいのですが、当時は高台になっていたのかな。

 

首都高都心環状線谷町ジャンクションの三又の辺りですね。

 

 

古い地図だとこんな感じ。

 

芬蘭(土)公使館」というのがフィンランド公使館のことなので、その付近かな。

 

 

江戸川乱歩の『探偵小説四十年』には、「張ホテルのこと」と題して、以下の記述があります。

 

一月の項に書いてあるように、そのころ私は家を外にして放浪していることが多かったのだが、その市内放浪中、最も長く滞在したのは、町名は忘れたが、そのころ麻布区に、欧洲小国の公使館などがかたまっている区域があり、チェコスロバキア国の公使館のすぐそばに、中国人が経営する張ホテルという木造二階建て洋館の小さなホテルがあった。

行きずりにそのホテルに気づき、いかにもエキゾチックな感じがしたので、入って「日本人でも泊めてくれるか」と訊ねると、美少年の日本人ボーイが出て来て、外国人ばかり扱いなれているらしい言葉使いで、私もまるで外国人であるかのような応対ぶりで、二階の道路に面した一室へ案内してくれた。(以下、略)

 

この「一月」というのは昭和9年(1934年)のことで、このころ乱歩は大作小説『悪霊』の連載に行き詰まってこれを中絶したり、休筆宣言して行方をくらましたり、散々な状態でした。

 

なので、この小さな隠れ家を見つけて気に入り、「長期滞在せるも、やはり何も書けず」と、『探偵小説四十年』にあります。

 

この本、僕の持ってる文庫本版全集では4冊に及ぶ大著で、乱歩の日記のようなもので、なかなか面白いものです。

秘蔵のスクラップブック『貼雑年譜(はりまぜねんぷ)』を縦横に駆使、リアルタイムの資料を通じて、探偵作家たちとの交友・論争、創作の苦悩などを克明に綴った乱歩自伝の決定版。

 

 

永井荷風の『断腸亭日乗』みたいなものかな。

 

この事実を基に、この期間中の乱歩を巡る日常と心の動きをテーマに、自由な空想を広げた小説が久世光彦さんの『一九三四年冬―乱歩』。第7回山本周五郎賞受賞。

 

 

これが、じつに面白い。

幻想的な作中小説を含むミステリ小説風でありながら、久世さんの江戸川乱歩論にもなっている。みごとな文体模倣、みごとな論考。まるで乱歩の未発見草稿を読んでいるかのようです。

 

小説の描写によれば、夜になると、ガス灯にぼんやり照らされた石畳の坂道がホテルの窓から見えた。街路樹がプラタナスニセアカシアなのも西洋風で、乱歩は「霧が少し出てきて辺りが靄ると、ますます異国の絵葉書である」と言っています。

「木造二階建ての青い洋館」「アール・デコまがいの玄関があって、オレンジ色のチューリップの形をした軒燈が昼間から点いていた」

 

作中で、乱歩は創作上のスランプから逃げるような形で身を隠したことになっている。本人の回想録によると、自宅周辺の騒音を避けるためでもあったという。

 

乱歩は窓の下を通る老人を見て、永井荷風かもしれないと思う。目が合うと乱歩は思わず気が動転した。

 

これは作者の幻想なのでしょうが、荷風の自宅「偏奇館」は実際、このホテルから近かったわけで、こういう接触が乱歩と荷風という、同時代の2人の変わり者の物書きの間でありえたのではないか、と思うととても面白いですね。

 

現在、そうした「ヨーロッパの小さな町」のような風景も、このホテルも、「偏奇館」も、「山形ホテル」も、霧のたちこめる一夜の夢のように、もうすっかり姿を消してしまいました。

 

「張ホテル」の古い写真でもないかと探してみましたが、なかなかむつかしい。

虚構だという人もいますが、奈落 一騎さんのこの本にはちゃんと項目が立っていて、写真が一枚貼ってあります。

 

 

こんな風な廃墟みたいな感じで、遺っていた時期もあったのでしょうか。

一度見てみたかったですねえ。