にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0600 起床 気分快 曇 アッティラのお墓発見? 午後からはあたたかい春の雨ですね。季節は急速にめぐり、いろいろなことが起こります。

血圧値 128/81/94 酸素飽和度 98% 体温 36.2℃ 体重 68.4キロ

 

いろんなことが、起きるなあ。

 

野球が奇跡の逆転から優勝したり。

古代の王様の墓が見つかったり。

 


文化

 

こんな感じ。

 

「王子様」の墓の遺跡は、ルーマニアの高速道路の建設中に発見されました。その戦士の墓は、国の南東部、 Mizilの近くでの作業中に発掘された4つの遺跡の1つです。そして、それはおそらくフン族の戦士です。墓は、この地域がフン族として知られる人々によって支配されていた西暦5世紀にまでさかのぼります。

Google マップ

 

アッティラフン族の王であり、西ローマ帝国東ローマ帝国の両方を攻撃し、恐れられましたが、その生涯や、フン族の実態も謎に包まれています。

アッティラの下でのフン族の侵入、444

フン族は、ヴォルガ川以東から現れ、370年にヨーロッパへ移住して強大な帝国を建設した、ユーラシアの遊牧民の集団です。彼らの主な軍事技術は騎馬弓射でした。

 

中国の秦・漢時代に侵攻して、東アジアを恐れさせた「匈奴」が、敗走してフンとなったのではないか、という説もありますが、詳細は不明です。

 

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そして、フン族が西に移動しておきた圧迫によって、ゲルマン諸族が次つぎに連鎖的に移動を開始し、ついにローマ帝国を滅ぼす「大移動」が起きたことは、世界史上の大事件となります。

 

アッティラは暴君としてローマでは恐れられましたが、なぜか北欧では英雄視されることがあり、『ニーベルンゲンの歌』などでは、アッティラが偉大かつ聡明で寛容な王として登場します。 これは「フィンランドフン族が作った国」という説が広く信じられてきた影響もあるみたい。

 

ちなみに、ハンガリーは「フンガリカ」と呼ばれますが、これは「フンの国」という意味ですね。ヨーロッパに食い込んでいるアジア系の唯一の国です。

 

彼のお墓についてのエピソードはゴート人の歴史学者であるヨルダネスが書き残しています。

 

結婚式に出席し酔っ払ったアッティラは、鼻血で窒息し死亡。

遺体の上で葬送の歌が詠まれ、喪主たちはナイフで顔を傷つけ、髪を切って悲しみを表しまた。その後、遺体は3つに分けられ、1つ目は金、2つ目は銀、3つ目は鉄で作られた棺に納められ、秘密裡に埋葬されました。墓を掘った召使たちは口封じのために殺害されました。

 

本当かな。

今回の遺跡についても、詳細と真偽はまだ不明です。