にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0600 起床 気分快 晴 小澤征爾さんが亡くなりました。また一つの時代が終わりました。

血圧値 132/83/75 酸素飽和度 98% 体温 36.5℃ 体重 67.9キロ

 

空気の引きしまった、美しい朝です。

外気温は3℃で、ちょっと寒いけど。

来週は、なんと最高気温20℃に達するかも、とか。

 

季節は動いています。

 

 

小澤征爾さんが6日、亡くなりました。88歳でした。

また一つの時代が終わりました。

 

たてつづけに、こういう話題ばかり、聞いている感じです。

 

小澤さんのライヴは、ずいぶん前に水戸室内管弦楽団ベートーヴェンの4番を聴きに行くはずが、小澤さんの体調が悪くなり、突然キャンセル(代打)になってしまったのが、最後のチャンスでした。

 

あれは聴いておくべきだったなあ。

 

小澤さんは、日本のクラシック音楽界において顕著な存在でした。

世界的な指揮者としての名声を築きながらも、日本の音楽文化を国際的にも広めました。その指揮活動は、日本のオーケストラや音楽団体を世界的な舞台に押し上げ、その演奏に日本の音楽の美しさや豊かさを表現しました。

また、日本人指揮者として初めて欧米の著名なオーケストラや歌劇場の音楽監督に就任し、世界的な舞台での活躍を果たしました。

 

小澤さんというと、僕はいつもこの本を思い出します。

 

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 単行本 – 1996/7/1
中丸 美繪 (著)

 

小澤征爾さん、秋山和慶さん等、世界に通用する音楽家を次々と世に送り出した、お師匠さんの伝記、というかドキュメントです。

 

裕福な家に生まれた先生らしく、海外留学を経て得たゆるぎのない信念と、「稼ぎ」を度外視した教育へののめりこみ。

この二つがあったからこそ、小澤さんのようなお弟子さんが育ったのでしょう。

 

癇癪もちで、なんとも扱いにくい人であったし、その先生のもとで学ぶのには大変な忍耐力が必要だったらしいですが、そのあまりある人間的魅力が、小澤さんたちお弟子さんをひきつけました。

 

「人を教えること」の原点みたいなものに触れることができる1冊です。

 

小澤さんの、「教えること」についてのつぎのような話は、このお師匠さんから受け継がれたものなのでしょう。

 

「教えていると僕も変わっていく」と変化を恐れなかった。

一方で方法論は持たなかった。

「僕はこうあるべきというものを持たず、その場で耳で聴いて教えるのがいいんじゃないかと思う」と言っていた。

「音楽は一人一人違うもんだから」

 

この本の最後のほうに、斎藤先生が、もう病が重くて腕が動かないのに、それでも小澤さんたちに最後の「ディベルティメント」を教える場面があります。

(本のタイトルの「嬉遊曲」とは「ディベルティメント」の邦訳です)

 

音楽というものは、人間にとって何なのか?

 

この問いは、斎藤先生から小澤さんに受け継がれ、そしてこれからの若い人たちに引き継がれていくのでしょう。

 

お師匠様の若いころの写真を見る小澤さん。

 

フロントランナー)小澤征爾さん 「細かいとこが気になる。指揮者は因果な商売だよ」:朝日新聞デジタル

 

小澤さんの突然の訃報は、音楽界にとって大きな喪失です。

その情熱と才能は世界中の人々を魅了し、音楽の魔法を広めました。

小澤さんの指揮の下で演奏される音楽は、ただ単に耳を楽しませるだけでなく、心に深い感動を与えました。

 

小澤さんの記憶は永遠に私たちの心に刻まれるでしょう。

ご冥福を心からお祈り申し上げます。

 

小澤征爾さん最後の「指揮」その瞬間に音が変わった 2023年松本フェスティバルの舞台裏で」(中日新聞

 

昨年の松本フェスでサイトウキネンオーケストラの弦楽メンバーが、公演の合間に非公開で小澤さんを囲んでモーツァルトのディベルティメントを演奏したのが最後、との記事だそうです。(未見)