にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0600 起床 気分快 晴 世阿弥の生死論について、ちょっと補完。

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11月に入って、毎日良いお天気ですね。

ようやく、「普通の季節」、が戻ってきたみたい。

 

こんな感じで連休を取れる人もたくさんおられるかも。

 

楽しみですね!

 

【2023年】11月の連休はいつからいつまで?第二のシルバーウィーク連休

 

さて。

 

31日のハロウィンの日に僕が着ていたロングTシャツの文字について。

ご質問をいただいたので、少し補完します。

 

0600 起床 気分快 晴 ハロウィンは単なる暴動か? 僕は結局、PicaPica ハロウィン。そして神は永遠に幾何学する。「一線断時落落磊磊」。 - にこたろう読書室の日乗

 

 

「生死去来棚頭傀儡一線断時落落磊磊」

 

せいしのきょらいするは ほうとうのかいらいたり いっせんたゆるとき らくらくらいらい)

 

これは「しょうじ」と読むこともあるらしいがどちらが良いの?、というご質問がありました。

 

まったくおっしゃる通り。

 

世阿弥の能は、仏教的(とくに禅宗的?)宇宙論に裏打ちれていますから、仏教用語としての「生死」は、漢音ではなく呉音(三国時代の呉があった南部の地方)で読むほうが妥当でしょう。

 

僕が持ってるテキストはこれですが、やはり「しょうじ」と読んでます。直しても良いのですが、ネットではどうやら漢音(中国北部の発音)で流通しているみたいでしたので、そのままにしました。

 

 

室町時代初期の当時の芸能関係の第一線の構図は、こんな感じ。

 

 

世阿弥って美男子、BLなのか?

義満社長大丈夫か!

あとで訴えられたりしないのか。

他人事ではないのよ、今の日本では。

 

 

分かりやすい記事があったので、ご参考までに。

the能ドットコム:世阿弥のことば

 

道元禅師のこの名文も、やはり「しょうじ」ですね。

 

生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり。生死の中に仏あれば生死なし
但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし。
是時初めて生死を離るる分あり。唯一大事因縁と究尽すべし。

【修証義総序】

 

0600 起床 気分並 晴のち曇ときどき雨 なんとか僕たちは、目の前にある「今日」を生きていく。 - にこたろう読書室の日乗

 

ついでに、確認しておくと。

 

世阿弥『花鏡』の第14条「万能綰一心事」の原文はこんな感じ。

 

「生死去来、棚頭傀儡、一線断時、落落磊々」。是は、生死に輪廻する人間の有様をたとへ也。棚の上の作り物のあやつり、色々に見ゆれ共、まことに動く物にあらず。あやつりたる糸のわざ也。此糸切れん時は落ち崩れなんとの心也。申楽も、色々の物まねは作り物なり。これを持つ心はなり。此心をば、人に見ゆべからず。もし見えば、あやつりの糸の見えんがごとし。返々、心を糸にして、人に知らせずして、万能を綰ぐべし。如此ならば、能の命あるべし。

 

これもなかなかの名文。

 

意味はこんな感じ。


「生と死が去ってまた来る、棚から吊った操り人形が、その糸を切るやいなや、ガラガラと崩れ落ちるように」。

これは生と死の輪に巡らされる人間の有様を、たとえたものだ。棚の上の操り人形はあくまで作り物であり、さまざまに動くけれど、本当に生きているのではない。操りの糸のせいだ。この糸が切れたならば、崩れ落ちるだろうとの意味である。

猿楽の劇の演技も、いろいろの物真似は本来、意識的模倣にすぎない。これを保つのは内面である。この内面の気構えを、他人に悟られてはならない。もし見せてしまえば、操りの糸が見えるようなものだ。絶対に、内面を糸にして、見物にはしらせず、すべての芸の部分を統率せよ。このようにできるならば猿楽の劇の役者として本物であり、演技も生きるだろう。

 

 

ここでちょっと引っ掛かるのは、「生死去来、棚頭傀儡、一線断時、落落磊々」の部分、世阿弥の言葉ではなく、なにかの引用である、というところです。

このままでは出典が分からない。

「しょうじ」決め打ちで良いかどうか。

 

世の中、よく勉強・研究されるかたが居るもので、今では月菴宗光という室町時代のお坊さんの書いた本(『月菴和尚法語』の中の示宗三禅閣という節)の中の一節だということが分かっています。拍手。

 

月菴和尚法語(げったんおしょうほうご)

国書データベース

 

「如此、行住坐臥、一切作用ノ時、忘ルル事ナク、怠ル事ナク、急々ニ眼ヲ付ケテ、ヨクヨク極メテ看ヨ、必ズ忽然トシテ一笑ノ時節アルベシ。重ネテ一偈ヲ示ス  生死去来~」

 

仏教文献なので「しょうじ」で確定ですね!

 

あと、世阿弥さんは「棚頭(ほうとう)」を「の上の作り物のあやつり」と考えているんだけど、これは間違いらしい。

ていうか知らなかったんだと思う。

 

「棚頭」は人形浄瑠璃を載せた山車のことです。

 

屋根の上で「俵小僧」操り山車運行 群馬・安中市で4年ぶり祭典 | 上毛新聞社のニュースサイト

 

イメージとしては、こんなかな。

 

なにか観に行きたいなあ。

ハリーポッター スタジオツアー東京も行きたい。