血圧値 118/79/68 酸素飽和度 98% 体温 36.4℃ 体重 70.0キロ
法華寺を後にして、大和西大寺駅に戻るため、再び平城宮祉の北辺を通ります。
途中に「遺構展示館」というのがあり、発掘調査で検出された遺構そのものを、覆屋(おおいや)と呼ばれる保護施設の中で保存・展示しています。
さらに西へ向かうと、大きな建物が復元されています。
タンポポが咲いたりして、のどかですね。
「第一次大極殿」です。
大極殿は、天皇の即位式や外国使節との面会など、国の最も重要な儀式のために使われていた平城宮最大の宮殿でした。
こんな風な儀式が行われたのでしょう。
2010年(平成22年)に復原された現在の建物は、正面約44m、側面約20m、地面より高さ約27m。天皇の玉座である高御座(たかみくら)、小壁の彩色なども見どころの内部を見学することができます。
これが高御座の復元模型。(ていうか原寸大復元)
平城遷都1300年祭のセレモニー。
真ん中にはご存じ「せんとくん」。
当時の女性のファッションが見られます。
この第一次大極殿を含む南北約320m、東西約180mの広大な区間は、平城宮の中心施設であった「第一次大極殿院」として計画的に整備が進められています。大極殿を取り囲む「築地回廊」「東西楼」も、工事現場を公開しながら長期にわたり復原整備、順次公開されます。
この「大極殿院」の南側の門が「南門」ですが、つい最近、2022年3月に完成しています。
「大極門」と呼ぶことにしたそうです。
平城宮の正面玄関にあたる朱雀門(1998年復原)とそっくりです。朱雀門は大極門より一回り大きいですが、主要な形式は同じです。
「平城京」と「平城宮」が混同しやすいので、もう一度整理しておきます。
①「○○宮」というのは、天皇の住居である内裏と、その周囲につくられた大極殿や朝堂院などの官庁一帯をさします。
②「○○京」というのは、「宮」だけでなく一般人が住む町並みも造営した都一帯をさします。
上空、北から南に向かって鳥瞰したジオラマです。
大極殿の高御座に座った天皇の視線の先に、道がまっすぐ伸びて、平城京を貫通して羅城門のほうまで通じていることが分かります。
これを「天子は南面す」と言います。
中国伝来の思想です。
なので、都の東半分を「右京」、左半分を「左京」、と呼ぶわけですね。
そろそろ大和西大寺駅に戻ります。
途中、古代から同じ風景であろう沼を過ぎます。
鯉と鴨が居ます。
この後、大阪に周りますが、それについては稿を改めます。
おしまい。