にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0630 起床 雨 お釈迦さんは身長4.8メートルだった?――涅槃図の釈迦は、なぜあんなに大きいのか

血圧値 111/82/76 酸素飽和度 99% 体温 36.2℃ 体重 65.8キロ 運勢 The Hanged Man

 

前回、十二神将と十二の動物たち(十二支)というお話をしました。

「12」という数字を巡る謎についてでした。

 

0630 起床 雨 十二神将は、なぜ十二なのか? 薬師如来を守る八万四千の軍勢、その起源をたどる - にこたろう読書室の日乗

 

ちょっと思い出したことがあるので、今度はお釈迦様の身長と、臨終に集まったものたちという話題に触れてみます。

 

仏教美術の世界で、「釈迦涅槃図」というものがあります。

こういうものです。

 

 

ベッドに横たわるのは「お釈迦様」。

人としての名前はゴータマ・シッダールタという古代インドの釈迦族の王子様ですね。

80歳で亡くなりました。

キノコに当たった、とか。

これはまさにそのご臨終の瞬間を描いたものです。

 

 

どの絵も、構図は似ていますね。

 

日本の伝統的な涅槃図を見ると、ほぼ決まったように、画面中央に北を頭にして右脇を下に横たわる釈迦。

その周囲に悲嘆する弟子たち、菩薩、天部・諸天、人間の信者たち、そして意外なほど多くの動物、沙羅双樹、天から降ってくるもの、上空の摩耶夫人などが描かれます。

摩耶夫人は釈迦の母ですね。

 

摩耶夫人はすでに釈迦誕生後に、ほどなくして亡くなっています。

なので今、息子が死ぬというのに、母親は天上にいて最後を看取れないという悲劇的な状況になります。

そこで摩耶夫人のほうから天から降りてくる。

 

この絵を見て、一目異様なのは、お釈迦様がとても大きいことです。

 

お釈迦さんは身長4.8メートルだった?

涅槃図の巨大な釈迦は、なぜあんなに大きいの?

 

「お釈迦さまの身長が4メートルを超えていた」というのは、史実としてはまず考えにくいです。

ただし、これは単純な「昔の人の身長を間違えた」という話ではなく、仏教における「仏の身体」の表現方法が関係しているのでしょう。

 

仏伝や仏教文献では、釈迦の身体について非常に大きな数字が語られます。

たとえば仏の身体は、一丈六尺(いちじょうろくしゃく)つまり 約4.8メートルとされることがあります。

これが有名な「丈六仏」です。

ただし、これは「実際に生身の釈迦が4.8メートルあった」という意味ではないでしょう。

「丈六」は、仏像の規格としても使われます。立像なら約4.8メートル、坐像ならその半分程度の大きさになります。

つまり、仏は普通の人間とは違う、超人的な身体を持つ存在であるという思想を、身体の大きさでも表現したわけです。

 

これは、単なる「昔からの絵の伝統」ではなく、かなりの部分が釈迦の最期を記した経典の記述に対応しています。

元になるのは『涅槃経』。

 

日本で一般に「涅槃経」と呼ばれるものには複数の経典があり、釈迦の最期を描く「涅槃図」の直接の物語的基盤となったのは、いわゆる『大般涅槃経』(Mahāparinirvāṇa Sūtra)です。

 

そこには、釈迦がクシナガラの沙羅双樹の間に横たわり、弟子や諸々の存在が集まり、悲しみ、そして入滅するという一連の出来事が詳しく記されています。

したがって、涅槃図は、経典の文章を「絵に翻訳したもの」と考えると分かりやすいです。

 

 

そして、ここからさらに面白い話があります。

 

涅槃図では、釈迦の周囲に木が何本も描かれています。これは沙羅双樹。

経典では、釈迦が横たわったとき、季節外れにもかかわらず花が咲いたり、逆に木々が変化したりするなど、釈迦の入滅という宇宙的事件に自然界まで反応する描写があります。

つまり、人間だけが悲しんでいるのではない。
天地万物が釈迦の死を悲しんでいる、という世界観です。

だから涅槃図には、あれほど大量の動物まで登場するわけです。

 

ではこういう絵を描くためのプランのようなテキスト(「儀軌」と言います)はあるのか?

ここが核心ですね。

 

あります。

ただし、日本の涅槃図について「この儀軌どおりに描け」という一冊の完全な作画マニュアルがある、という意味ではありません。

インドから中国、そして日本へ仏教美術が伝わる過程で、経典 → 注釈・説話 → 図像の伝統 → 絵師による定型化という流れができます。

さらに中国・日本では、先行する名作や寺院の涅槃図そのものが「お手本」になりました。

ですから日本の涅槃図は、経典だけを見て描いたのではなく、経典+図像伝統+先行作品によって描かれている、と考えるのが適切でしょう。

 

一見すると全部同じようですが、よく見るといろいろ違います。

例えば、「動物を何種類描くか」だけでも違います。

 

象、牛、馬、猿、鳥などがいる一方で、猫がいる涅槃図・いない涅槃図という有名な話もあります。

 

 

これなどは、「経典に書かれているから描いた」だけでは説明できません。

日本の絵師や寺院が、涅槃という巨大な宗教的事件をどう解釈したかが入ってくるわけです。

 

「日本の涅槃図は、いったいいつ頃からこのお馴染みの構図になったのか?」をたどると、インド→中央アジア→中国→日本という涅槃図の「世界旅行」が見えてきます。

さらに日本では、鎌倉時代以降、「大涅槃図」という巨大な絵を寺院が競うように制作するようになり、江戸時代にはかなり庶民的な「年中行事」的性格まで加わっていきます。


「なぜ涅槃図は、どこの寺でも同じような絵なのか?」――実は1400年以上続く「仏教絵画の定型」だった、という切り口も面白いでしょう。