にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0530 起床 気分快 晴 十五夜。今年は「満月」とも重なり、まん丸のお月様を楽しむことができそうです。

血圧値 118/80/85 酸素飽和度 98% 体温 36.5℃ 体重 67.2キロ 

 

自宅で尻もちをついた際、後頭部を打ち、脳内に多少の出血がありました。

長嶋茂雄さんの次女三奈さんの談話。

 

2004年3月に脳梗塞で倒れた長嶋氏だが、懸命なリハビリを行って復帰した。球場で元気に大好きな野球を観戦する姿をまた見たい-。日本中が、ミスターの回復を願っている。

こういう外傷性みたいな脳出血もあるのかな。怖いな。この場合、脳卒中とは言わないのだろうか。明後日、脳外科に通院するので聞いてみよう。

 

この前の報道では「脳梗塞」と言ってたような。「出血」なのか。

ちょっと錯綜してますね。

 

外は晴れてますが、空気の感じが爽やかで、秋っぽいなあ。

外気温も24℃くらいだし。

ひさびさにマンションの各部屋の窓を開けたら、風が吹きぬけていきます。

エアコン効率が下がるし、独り暮らしだからわざわざ外からウィルスや花粉を呼び込むのもどうだかなあ、ということで普段はあまり開放換気はしないのですが。

 

今日は良い感じ。

 

 

しかも、今晩は十五夜中秋の名月の日です。

 

月を愛でる、という行為は中国の唐時代からの風習が伝来したものらしいけど、ヨーロッパ系とかの文化圏にもあるのかな。

今日は出かける用事もあるので、お団子でも買ってきて、また考えようかな。

 

今年は「満月」とも重なり、まん丸のお月様を楽しむことができそうです。気になる天気ですが、北海道から関東、北陸はお月見が楽しめそうです。東海から九州は、月が見えるチャンスはあるでしょう、とのこと。

 

今、帰宅しました。

 

予報通り、東京はお見事な満月。十五夜の月が見えますね。

スマホで、手持ち撮影では、こんな感じ。

兎は残念ながら、見えないなあ。
肉眼ならちゃんとお餅をついてるのが見えてます。

いつもの部屋の窓からだと、こんな感じ。けっこう明るいですね。

 

お団子を買おうと思ったけどスーパーになかったので、これを。

栗を食べるのがトレンドですね。まあ、昔からの。

 

中国では伝統菓子である月餅を供える風習があるが、日本では芋類や豆類を供え、形を変え今の月見団子になったそうです。

あと、お月見にはススキ。パンパースね。

古来日本では、背の高い稲穂は神様が降り立つ「依り代(よりしろ)」だと信じられてきたため、神様へのお供え物として米や稲穂をよく用いたが、中秋の名月の時期はまだ穂が実る前であるため、形が似ているススキを稲穂の代わりに供えたことが風習の起源だといわれているそうです。

 

秋だから、作物の豊作を祝う祭りのような意味も込められていて、サトイモなどの収穫物を供える風習を残す地域もありますが、栗を食べるのもその流れですね。秋の味覚!

 

もともと、十五夜は旧暦の8月15日とされていました。

新暦で表すと月遅れの9月15日を十五夜だと思いますが、実は、その年によって十五夜の日にちは変わっています。太陽の動きを基準にしている新暦では、1年の始まる日も1年の長さも異なるため、旧暦と新暦にズレが生じるからですね。

 

ここ最近の状況を見ると、こんな感じ。

ここ3カ年がたまたま十五夜と満月が一致しています。

来年も、乞うご期待!

    

十五夜 満月の日
2020年 10月1日(木) 10月2日(金)
2021年 9月21日(火) 9月21日(火)
2022年 9月10日(土) 9月10日(土)
2023年 9月29日(金) 9月29日(金)
2024年 9月17日(火) 9月18日(水)

 

「月見の風習の起源」について。Wikiは以下の通り。あいかわらず、突っ込みどころ満載。

 

中国日本で単に月を愛でる慣習は古くから散見され、日本では縄文時代ごろから見受けられる(本当か?)。『竹取物語』には月を眺めるかぐや姫を嫗が注意する場面があり、月見を忌む思想も同時にあったと推察される。(西洋でも月は精神に作用するとみてますね。)

名月の日に月を鑑賞する風習は、唐代の頃から見られる(出典を言ってくれ)。

宋代の『東京夢華録』は身分に関わらず街を挙げて夜通し騒ぐ様子を記している。(この記録は開封の住民であった孟元老が、南宋時代の1147年 に旧都開封を回想して誌したもので、日本に伝来したころの唐の風習を伝えたものではないよ。他に史料はないのか。

この風習が貞観年間(859年 - 877年)頃に、日本の貴族社会へ伝わる。平安時代の月見は徐々に規模が大きくなり、延喜19年(919年)に宇多法皇が日本独自の十三夜の月見を催した。

当時の日本の月見は、詩歌管絃を楽しみつつ酒を酌む雅味な催しで、庶民は縁遠かった。当時の月見は中国、日本ともに願掛け供え物などの宗教的な要素は見られず、月を眺めつつ楽しんだ。

 

この問題については、ブログの尺が伸びるので、また別の機会に。