にこたろう読書室の日乗

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0630 起床 晴 【「江戸七氷川」探究】④ 赤坂に突然「森」が現れる――「赤坂氷川神社」と本氷川坂。

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赤坂の神社といえば、まず日枝神社を思い浮かべる人が多いでしょう。
僕もどこかで赤坂氷川神社とイメージが混ざっていました。

ということで、実は今回が初訪問です。

 

江戸名所図会

 

地下鉄日比谷線で、六本木駅で降ります。

 

ここから麻布警察署の前の道を東に向かいます。

アメリカ大使館宿舎北側の高台の上に、「赤坂氷川神社」があります。

 

途中、聖ヨゼフ修道院(フランシスカン・チャペルセンター 六本木教会)を右手に見ます。

第二次大戦後、六本木の元防衛庁の敷地内にGHQの建物がありました。

そこで働くアメリカ人兵士たちのために、フランシスコ会のニューヨーク管区から司祭たちが来日し、この教会を開いたのがそのはじまりです。

 

 

ここからさらに鬱蒼とした樹々の小径を進むと、突然、森の中の神社の参道前に出ます。これはちょっとした驚きです。

 

 

明治初期の迅速図と現在の地図を並べてみましょう。

 

 

赤坂という大都会の最中に、突然出現する幽玄の森。

誰もが声を呑みます。

 

「赤坂氷川神社」

 

御祭神

素盞嗚尊(すさのおのみこと)
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
大己貴命(おおなむぢのみこと) 別名/大国主命

 

赤坂氷川神社

 

 

南側の一の鳥居から入り、まっすぐ楼門に向かいます。その正面が社殿です。

 

 

 

 

境内には「九神社」の拝殿があります。
これは、かつて境内各所に鎮座していた天祖神社・春日神社・鹿島神社・八幡神社・諏訪神社・秋葉神社・厳島神社・金刀比羅神社・塞神社(さいじんじゃ)の9社を合祀した神社です。

 

 

山口稲荷。

終戦後、赤坂3丁目にあった山口邸から遷された神社です。鳥居には享保3年(1718年)銘があり、向かって右側の水盤には文化10年(1813年)、左側の水盤には嘉永4年(1851年)、狛犬の台座には文政8年(1825年)の文字が刻まれています。

 

 

赤坂氷川神社の由来と歴史は、簡単にまとめると、次のようになります。

 

「氷川」の名は、出雲国の簸川(現在の斐伊川)に由来し、祭神である素盞嗚尊の「八岐大蛇退治」の伝承と結びついています。


創建は951年。東国を巡っていた僧・蓮林僧正が神託を受け、赤坂一ツ木村に社を建てたのが始まりとされます。
1066年の大旱魃では、村人が雨乞いをすると大雨が降ったという伝説があり、以後信仰が広まりました。


江戸時代には、赤坂に紀州徳川家の屋敷があった関係で、8代将軍 徳川吉宗 の崇敬を受けます。

1729年に現在地へ社殿が造営され、翌年に遷座。以後、将軍家から「厄除」「縁結び」の神として厚く信仰されました。


明治以降は、東京の守護を祈る「准勅祭社」とされ、現在は「東京十社」の一社です。
社殿は関東大震災や東京大空襲を奇跡的に免れ、江戸時代の姿を今に伝える貴重な建築として、東京都の有形文化財に指定されています。

 

 

この画角は東側の参道から入る場合です。

やはり一の鳥居があります。

石段があって、この神社も高台の頂上にあることがわかります。

その先には「四合(しあわせ)稲荷」。

 


明治31年(1898年)に当社の近くに鎮座していた古呂故稲荷(ころこいなり)・地頭稲荷、本氷川稲荷、玉川稲荷の4社を合祀したことに由来します。

その際、幕末の志士 勝海舟により「四社を合祀」、幸福の「しあわせ」、「志を合わせる」をかけ、四合稲荷(しあわせいなり)と名付けられました。

 

そうそう、この神社の西側の、「本氷川坂」という坂道を下ったあたりに、勝海舟の旧宅跡という場所があるので、ついでに観ておきましょう。

 

 

この坂の途中付近に「本氷川神社」があって、これが江戸七氷川神社のあと一つだったのですが、赤坂氷川神社に合祀されて今は痕跡がまったくありません。

 

『望海毎談』に「今井の徳盛寺の内の氷川の社」と書かれているのが、明治16年に合祀されたこの「本氷川神社」だとされています。

 

本氷川坂を下ると、今では当時の面影はほとんど残っていません。
ただ、マンション脇にひっそりと建つ石柱だけが、ここに勝海舟が暮らしていたことを伝えています。

 

1859年から1868年まで、勝海舟が住んでいた邸宅跡であると説明があります。彼はここに36歳のときから9年間住んでいました。彼が「氷川翁」と呼ばれたのはこのためです。

 

 

勝海舟 の検索結果 - にこたろう読書室の日乗

 

 

赤坂氷川神社にはこういう縁結びのイべントがあるそうです。

 

乞巧奠(きっこうでん)の儀 -織姫のお針箱-

 

授与品

 

裁縫の仕事を司る織姫にあやかり、「織姫のお針箱」をご神前にお供えいただく乞巧奠の儀を執り行います。

裁縫の上達を願う乞巧奠は、宮中行事として定着し、七夕の夜に女性がお供えをして祈るお祭りへと移り変わりました。そこに織姫・彦星伝説が合わさり、男女の良縁を祈る意味も加わったと伝えられます。

お供えいただいたお針箱は、お下がりとして神事後お渡しします。

 

秋の例大祭ではこのような立派な山車の巡行が行われます。

境内にはこの山車が陳列展示されています。

 

赤坂氷川山車の巡行(2010年9月18日撮影)

 

境内でなにやらモニュメントのようなものを立てていたのですが、これは何なのでしょう?

御神木の「大銀杏」のある辺りですが。

 

超謎。

 

 

さて本稿で、「江戸七氷川」のうちからさらに2箇所をクリアしたことになります。

残りは、あと2箇所です。