にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0600 起床 気分快 曇 目黒通りの「果て」を見に行く。新しく架かる橋の橋脚がありました。「等々力不動尊」も御参拝。

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ちょっと用事のついでに、この前触れた、目黒通りの終点が多摩川を越えるために新しく建設される予定の「橋」の様子を見に行こうと思いました。

 

0600 起床 気分快 晴 新しい橋を架けるという夢。「等々力大橋」はどうなるのかな? - にこたろう読書室の日乗

 

目黒通りは環七交差点あたりから吞川の河道に向けて下り、また八雲あたりから坂を登ります。

 

バスが「二子玉川行き」だったので、「等々力4丁目」というバス停で降ります。

ここから路線は右折して二子玉川方面に分岐してしまうので。

 

このあたりを頂上として目黒通りはまっすぐ環八方面に下ります。

ここからは多摩川に向かっての河岸段丘になっています。

 

大井町線のオーバーパスを越えて、環八の交差点へ。

 

 

ここから目黒通りは寂しい感じになって多摩川に沿って走る多摩提通りにぶつかって終了するのです。

 

 

環八の交差点を越えると最後の下り坂。

道の右側には等々力渓谷があります。

その森の中には、「等々力不動尊」。

ここはあとでちょっと寄りましょう。

 

見えませんが、坂を降りた先には多摩川が流れていて、対岸は神奈川県川崎市です。

同じ「等々力」という地名があります。

遠くになにやら高い建物が見えますね。

 

 

「ヨコハマ・みなとみらい」地区。

横浜ランドマークタワー」。

 

もうあの先は三浦半島なんですね。

 

ここを少し下ってお不動さんのはす向かいに、普段は入れない小山のようなものがあります。

 

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御岳山古墳航空

 

 

御岳山古墳は、国分寺崖線上の高台、上野毛から尾山台にかけて広がる野毛古墳群のなかの1基で、全長54メートル、後円部直径40メートル、高さ7メートルで、野毛大塚古墳に次ぐ規模をもった大型の帆立貝形古墳です。

 

 

今日は特別に入れます。

向かいのお不動さんの祭礼の日だからです。

 

 

短い参道のような小径沿いに石仏が並んでいます。
そして墳丘の頂上には。

 

 

南無御嶽権現、南無蔵王権現

 

 

さて、道路を渡って。

 

 

この日5月28日は等々力不動尊(世田谷・満願寺奥院)は、弘法大師・興教大師ご生誕青葉祭り大護摩供として、護摩供養に加えて、「茅の輪」がオープン。

さらに、近くの御岳山古墳(満願寺管理)がこの日だけ特別に公開される日なのです。

 

 

「夏越の祓(なごしのはらえ)」とは、6月末に半年分のけがれを祓い、後半もよい日々になるよう祈願する行事。

別名「夏越大祓」「茅の輪(ちのわ)くぐり」と呼ばれる夏の風物詩です。

 

 

護摩の勤行が、スピーカーから境内に流れます。

 

「滝轟山明王院(りゅうごうさんみょうおういん)」が正式名称の真言宗霊場です。真言宗中興の祖と言われる興教大師(こうぎょうだいし)の夢に現れた御不動様のお告げによって開かれたと伝えられています。

本堂は江戸時代末期に建てられたという歴史あるものです。ご本尊の御不動様は大日如来の使者で、縁結びや学業成就のご利益も。

おみくじを引いたり、様々な種類のお守りを授かってご利益を家に持ち帰ってもいいですね。

お正月元旦は特に地元の人をはじめ多くの参拝客でにぎわいます。

 

そして5月28日はお不動様にとって、とくに重要な法要の日。

 

 

世田谷の住宅地の真ん中にあるとは思えない、深山幽谷の気配。
この辺り一帯を「等々力渓谷」と呼びます。

 

 

渓谷を流れる矢沢川が多摩川に合流する地点が、今度新しく橋が架かる場所です。

そこまで、この川沿いに歩いて行きます。

 

 

多摩提通りを渡って多摩川の土手の上に着きました。

大きなコンクリートの橋梁が見えます。

 

 

近い将来、ここに橋が架かって目黒通りと川崎方面が繋がるのですね。

僕が元気なうちなら、是非渡りに来てみたいと思います。

 

目標があると、明るくなる!

 

さて、ここから上流に向かえば二子玉川駅下流に向かえば多摩川駅

今日は東横線に乗って帰りましょう。

 

 

河川敷に降りて歩きます。

昔来たことがあるような。

 

 

見上げれば、夏の空。

 

多摩川の駅の側にある古墳の丘の上に、神社があります。

 

 

多摩川浅間(せんげん)神社」

 

概要はこんな感じ。

 

社地は古代に前方後円墳が築かれていた場所であり、本殿の場所が、後円部にあたる。

創建は鎌倉時代の文治年間(1185年~1190年)と伝えられる。

源頼朝が豊島郡滝野川松崎に出陣した時、夫の身を案じた北条政子が後を追って多摩川まで来た。その時わらじの傷が痛んだため、この地で傷の治療をすることにして逗留した際に亀甲山(かめのこやま)へ登ってみると富士山が鮮やかに見えた。富士吉田には、自分の守り本尊である浅間神社があるので、政子はその浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身につけていた正観世音像をこの丘に建てたという。それ以来、村人たちはこの像を「富士浅間大菩薩」と呼び祀ったのが、この神社の起こりとされている。

 

富士山が綺麗に見える場所に、この浅間神社が建てられることが多いですね。

 

ご祭神は、日本神話の女神である木花咲耶姫命(このはなのさくやびめのみこと)です。山獄を守る神様である大山祇神(おおやまつみのかみ)の姫で、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻でもあります。

 

多摩川が一望できるテラスのような張り出し舞台があります。

 

 

上流側の展望。

東横線の架橋です。

 

 

正面、川崎側の展望。

 

 

高層ビル群のスカイラインが綺麗ですね。

空も広い。

 

この後、「旧多摩川園」跡地にある「田園調布せせらぎ公園」に寄って帰ります。

 

1969年の地図にも載ってます。

僕が10歳の頃だ。

 

 

1925年(大正14年)12月23日に「多摩川園」としてオープン。

同年には丸子多摩川花火大会も開始されている。

園内には、飛行塔、お化け屋敷、メリーゴーランドの遊戯施設があり、菊人形展でも多くの客で賑わった。

 

家からまあ近かったから、僕も何回も行ったはずだけど、あんまり覚えていないなあ。

 

 

こんな感じだったらしい。

 

 

お化け屋敷ね。

 

 

このボート、記憶があるな。

 

多摩川園前という駅。

 

 

この青蛙という電車で行きました。懐かしいなあ。

今は「多摩川駅」ですね。

 

 

今はこんな風な、綺麗な公園になってます。

時は流れて、60年!