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「渋谷の顔」といえば、これ。


歴史的勝利のW杯チュニジア戦、日本の勝利を喜ぶ人たち。2026年6月21日午後3時11分。
「スクランブル交差点」
交差点の中で写真を撮る人、撮られる人。その様子をビルの窓から撮る人。
長い列に並んで順番が来ると、前の人が後ろの人にスマートフォンを渡すハチ公前の暗黙の撮影ルール。
毎日繰り返される、「渋谷の儀式」。
新たな「ハイタッチの広場」。
そしてSNSによる、世界中への拡散。
世界一有名になった交差点。
もはや「聖地」化。
「Shibuya Crossing」で画像検索してみてください。

ちなみに、こちらは足利市にある「原寸大」の交差点の撮影用セット。



映画・ドラマ・MV・TVCMなど数多くの映像作品の舞台として活用され続けている「足利スクランブルシティスタジオ」。
2025年3月に開催された一般公開イベントでは、交差点のど真ん中に立っての一枚も撮ることができると人気で、全国から多くの人々が訪れたそうです。
☆
そもそも「スクランブル交差点」とは、なにか。
定義すればこんな感じになります。
車両に対する信号のすべてを「止まれ」にして、交差点内を歩行者が自由に歩けるようにした交差点。対角線の斜め横断も許される。
スクランブル交差点の起源にはさまざまな説があります。
1930年代のアメリカ・カンザス州やカナダ・バンクーバーで、斜め横断を可能にした交差点が試験的に導入されていた記録が残っている。
「アメリカで1960年代に生まれたそうです。考案者の名前から「バーンズ・ダンス」と呼ばれています」
これについてはあとで補足します。
日本初のスクランブル交差点は、熊本県熊本市の子飼交差点で、1968年12月1日に誕生したといわれています(1969年3月5日説もあり)。
当時の子飼交差点は、T字型の交差点の近くに熊本市電黒髪線の終点停留所があったうえ、交差点の奥に子飼商店街があったので、電車の乗降客や買い物客とで人があふれかえる状態だったそうです。
いつ事故が起きてもおかしくはないという状況を見かねた当時の熊本県警が、ニューヨークのバーンズ交差点にヒントを得てスクランブル交差点の導入を決めたのだとか。
それまでの交通渋滞が大きく緩和され、事故防止に功を奏したことから、その後全国的に採用されました。
☆
さて、渋谷のスクランブル交差点ですが、1日の通行人数は50万人とも言われ、「最も忙しい交差点」として取り上げられることもあります。
この交差点は、計10本の車線が交差し、5本の横断歩道が引かれた巨大な空間です。
信号は120秒で切り替わると言われますが、ここ渋谷スクランブル交差点では、1回の青信号で多い時には3千人が横断し、1日では駅の乗降客数と合わせて50万人以上が利用するとも言われます。
しかも人々は体を接触することなく、見事に交差していきます。
この「世界一の歩行者数」と「ぶつかり合うことのないスムーズな交差」の組み合わせこそが、外国の人たちの目には極めて不思議で、ある種の神業、圧巻のパフォーマンスとして映っているのです。
おもわずコレを想像してしまいますね。

(日本体育大学集団行動・第61回体育研究発表実演会2024年)
「スクランブル交差点」は、一般的には斜め横断が可能であることを示すため、斜め方向に横断歩道が2本引かれ、「X字」のようになっているのが特徴です。
しかし、渋谷スクランブル交差点は、その「斜め方向の横断歩道」が、1本しかありません。
もちろん歩行者用信号が青であれば交差点内は自由に横断できますが、なぜこのような横断歩道になっているのでしょうか。
この交差点は一般的な十字路ではなく、5本の道路が集まる「5叉路」という特殊な交差点形状になっています。また、横断歩行者の動線や交通量、通過車両への影響等をふまえ、このような横断歩道の形状になっています、というのが理由のようです。
チャッピィの援助で起源について少し補足。
結論から言うと、「バーンズ・ダンス(Barnes Dance)」は実在します。
ただし、1960年代に発明されたわけではなく、1960年代にニューヨークで有名になったというのが実態に近いです。
第1段階
1940年代後半
アメリカのカンザスシティ、カナダのバンクーバーで、全方向横断(Pedestrian Scramble)が試験的に導入される。このため、「世界初はニューヨーク」という説明は誤りです。
第2段階
1950年代
交通技術者Henry A. Barnesがこの方式を強く推進します。ただし本人は「自分が発明者ではない」と回想録で述べています。

第3段階
1962年
バーンズがNew York Cityの交通局長になる。
就任直後、グランドセントラル駅近くの42丁目とヴァンダービルト通り交差点でスクランブル交差点を導入。ここで全米的に有名になります。
「バーンズ・ダンス」の語源、これも面白い話です。
市役所担当記者のJohn Buchananが"Barnes has made people so happy they're dancing in the streets."(バーンズのおかげで人々は街で踊っているようだ)と書いたことからBarnes Danceという愛称が生まれたとされています。
つまり、Barnes = 人名 Dance = 踊るです。
ニューヨークには本当にあったのか
ありました。
1962年以降、42丁目ウォール街、ブルックリン5番街周辺などに導入されています。
ただし後に、自動車渋滞を悪化させる・信号待ち時間が長くなるという理由で多くが撤去されました。
渋谷との関係
日本では「スクランブル交差点=渋谷」というイメージですが、技術史的には北米生まれの交通システムです。
しかし、渋谷はそれを単なる交通技術ではなく、「都市の風景」「観光資源」「SNS時代の儀式」に変えてしまった。
ニューヨークのバーンズ・ダンスは交通工学の話ですが、渋谷スクランブル交差点は、「世界中の人が一度は渡ってみたい都市空間」になりました。
つまりバーンズは交差点を発明したかもしれないが、渋谷は交差点を「文化」にした
という言い方ができると思います。