血圧値 127/82/72 酸素飽和度 98% 体温 36.3℃ 体重 68.0キロ 運勢 The High Priestess
もう僕も、人生の折り返し地点をとうに過ぎてしまって、家内も亡くなり、家族もいない、脳卒中でいつ突然死してもおかしくない、という境遇にありますから、そろそろこの人生の総括というか、今なら言えることなどをつらつらと考えています。
このブログで今日まで1306回書いてきたことは、その表層の一部分です。

というわけで、表題の「自分に決定的な影響を与えた読書体験って何だろう」というテーマです。
最近これを聞かれたことがあるので、あらためて考えてみるわけです。
これには意外と、簡単に答えられます。
「決定的な」という条件であれば、そうやたらたくさんあるわけでもないからね。
小説で言えば、この二冊。
①『みごもりの湖』 秦恒平
②『星と祭』 井上靖
今わかりましたが、これはご紹介しても皆さんがおいそれと手に取ることができないものなのですね。今となっては。
なんか、さみしいなあ。
びっくりしたのは①はともかくとして、②の井上靖作品がすでに長いこと絶版で、書店でたやすく入手して読むことはできなくなっているこということ。
(古書なら買えます)
「井上靖」ですらそうなのか!
「秦恒平」が極めてレアで、ほぼ誰も知らないというのは重々承知していましたが。(僕は秦の全小説・全エッセイを持ってます)
なので、ここでしばらくこの辺のお話をしてみようと思った次第です。
☆
『星と祭』 井上靖
『氷壁』『しろばんば』などの作品で知られる昭和の文豪・井上靖。
1917年から新聞に連載された小説『星と祭』は、滋賀県長浜市が舞台。
琵琶湖で娘を亡くした悲しみに暮れていた主人公が、湖北で大切に守られてきた十一面観音さまを巡る旅を経て、その死を受け入れていく物語です。
僕が昔読んだのは、この文庫版。

いまはなぜか手元に見つからないので、再読するにはもう1回買わなくちゃ。
地元の図書館にも無いみたい。
たしかに『星と祭』は長らく絶版状態でした。
そこで立ち上がったのが、2018年に長浜市で有志が結成した「『星と祭』復刊プロジェクト実行委員会」。
舞台になった滋賀県長浜市は「観音の里」と名乗るまでになり、観音巡りは世の中に定着したのですが、そのきっかけになった書籍はこのように絶版状態で、訪れた人が興味を持っても読むのは難しかった。
そこで、井上と親交のあった地元図書館の元館長らが委員会を立ち上げ、寄付を募るなどして復刊を企画。
湖北を舞台とした小説を自分たちの町から復刊したい、そんな思いで始まったこのプロジェクトは、復刊を待望するファンを増やしていきます。
そして2019年10月20日、委員会発足から約1年半を経て、ついに『星と祭』が復刊しました!
井上靖の絶版本『星と祭』が地元有志の手で復刊!湖北が舞台の物語。 - しがトコ
それがこの本。
Amazonで発注しました。

地元の人々の「心」で復刊を実現した、というのは良い話ですね。
紙の本は売れないというこのご時世に。
「書物」という文化の未来に、一筋の光が差すようなエピソードです。
今回、何十年ぶりかに読み直して、ほとんど初見みたいな感慨がありました。
細かいところを、断片的には鮮烈に覚えていたのですが。
(シェルパの少年との関わりとか)
北近江の観音様たちに、また会いに行きたくなりました。
昔、行ったことがありますが、今行けばまた違う表情とお姿をみせてくださることでしょう。

ミステリではないので、あらすじをご紹介。
ディテールは実際の小説を読んでください。
一応、ネタバレ予告。
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《主人公は東京の企業の社長架山。離婚歴があり、娘のみはるは別れた元の妻が引き取った。みはるは時々上京し、架山に会う。しかし、17歳の時、男友だちと琵琶湖に遊びに行き、ボートの転覆事故で2人とも行方不明になり、遺体は上がらないまま時が流れる。架山はその後、みはると架空の対話を続ける。事故から7年が過ぎ、架山は娘の事故の相手の父親、大三浦に再会し、彼の誘いで琵琶湖湖畔にある十一面観音菩薩像を見て心が穏やかになる。その後、琵琶湖周辺にある十一面観音像巡りを続ける。
満月を見ながらみはると会話をしようと、登山家たちの誘いで高名な画家とともにヒマラヤに行き、満月を見る。そこで架山は「永劫」という思いを感じ、みはるの死を受け入れる。その後、疎んじていた大三浦らとともに琵琶湖に船を浮かべ、2人の若者の葬式を行う。架山と大三浦には、湖岸に次々と十一面観音像の幻影が現れるのが見える。それが終わると、架山は殯(もがり~亡くなった人の葬儀を行う前に、仮に遺体を納めてまつること)の期間が終わったことを実感する。ここから新しく明日を生き始めることができるのだ。》
☆
「人に死なれる」という悲しみを、いかに自分の生き方の中に受け入れるか、というテーマが、琵琶湖の、そしてヒマラヤの奥深くかつ広大な自然の在りようを背景に、はかなくも、静かに展開されます。
僕は高校生の頃読んで、以後ずっと心の奥底にこの主題が通奏低音のように響き続けています。
今になって、さらに強く、そう思います。
新聞連載時には生沢朗(作中の高名の画家)が挿絵を描いていますが、これはなかなか見られません。
井上は連載と並行して、生沢らと実際にヒマラヤに行って、満月を観ているのです。
そういう臨場感が、この小説の後半以降の、精緻な表現を支えています。

参考までに、ヒマラヤを描いた生沢の油彩作品。

これはシルクロードを描いたもの。
こういうタッチの画風なのですね。
☆
Geminiくんに、『星と祭』の印象に残る場面の挿絵を描いてもらおう。

観音様に目覚めて、独りでもお参りに出かけるようになった架山。
(観音様、ちょっとでかいな)

ヒマラヤで永劫に変わることのない満月に出会う架山と、みはるの幻影。
(これは本編にはないシーンだけど)

息子・娘に死なれた父親二人(大三浦と架山)が満月の琵琶湖でその死を受け入れる時に、湖畔に立ち現れる十一面観音菩薩たち。
(お二人ともブンヤみたいな帽子ですね)
Geminiくん、なかなか良い仕事をしますね。
お見事。
☆
この小説の口コミの批評に「諄い」というのがあるのですが、まさに、「くどい」。
おっしゃる通り。
数えてないけど「みはる」という言葉がこの小説の中に一体何箇所書き込まれていることか。
死なれた悲しみ、かたづかない感情、諦めきれない怒り、それらをなりふり構わず真正面から書ききるのが、天晴、だと僕は思います。
いずれご紹介する『みごもりの湖』は輪をかけて「諄い」のですが、僕はこれをある種の誉め言葉、だと思っています。
その「諄さ」は、生と死に向き合うための、不器用で真剣なひたむきさ、なのだと思うからです。