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さて、もうひとつの「小野神社」を訪ねます。
多摩川を渡って、聖蹟桜ヶ丘駅の対岸にあります。
同じ名前ですから、関連が深そうです。
それでは聖蹟桜ヶ丘駅に戻って、普通電車で一駅、中川原駅に向かいます。
歩いても行けそうですが、時間の都合でエスケープします。

先ほど訪れた多摩市の小野神社が武蔵国一宮として江戸幕府の保護を受けたのに対し、こちらは近くの武蔵国総社・六所宮(大國魂神社)への崇敬が高まるにつれて衰微したそうです。
駅からしばらく歩くと、住宅地の中になかなか立派な道標が建ってます。
目立ちませんので気をつけないと通り過ぎてしまいそうです。
「小野神社(東京都府中市)」


1873年(明治6年)郷社に列格。大正15年火災で炎上し、現在の社殿はその後再建されたものだそうです。




この白い紙のことを「幣(ぬさ)」と呼びます。 祈願をし、または、罪・けがれを払うため神前に供える幣帛(へいはく)。
風もないのに、この紙が動くと、今神様が自分をお呼びになっている、と受け取ったりします。
建物は、質素・素朴な感じです。これも良い雰囲気です。
いかにも地元の神様、という感じです。
拝殿と本殿を横から拝見したところ。

主祭神 天下春命 瀬織津比賣命
社格等 式内社(小)論社 旧郷社
創建 (伝)安寧天皇18年
別名 小野宮
例祭 9月中旬の日曜日
仕様は多摩市の小野神社と同じです。元が一つですからね。
ここでももちろん「せおりつひめ」を祀っています。
☆
「小野神社」がなぜ「小野」を名乗るのか、という疑問が浮上します。
これはおそらく地名に由来する可能性がもっとも高いです。
古代武蔵国には「小野郷(おのごう)」という地名が存在したと考えられています。
『延喜式神名帳』(927年)には「武蔵国多摩郡 小野神社」と記載されています。
ここで重要なのは、神社名は通常「地名+神社」という形式があることです。
小野氏(近江発祥の古代氏族)が武蔵へ進出した可能性はゼロではありません。
しかし、
小野神社=小野氏の氏神
小野郷=小野氏の支配地
と直接証明する一次史料は存在しません。
近江の小野氏について。
本拠:近江国志賀郡小野郷
姓(かばね):臣(中央有力豪族層)
代表的人物:小野妹子・小野篁
現存史料では、小野氏が武蔵国に土着したとか武蔵で郷名を形成したという直接的記録はありません。
せっかくですので、ちょっと復習。
古代豪族小野氏は、近江国の南西部に位置する滋賀郡の北部、堅田付近を中心とした地域に勢力を広げていました。
『新選姓氏録』等の文献によれば、旧滋賀郡には淡海臣(近江臣)・近淡海国造・和邇部臣・真野臣・小野臣など有力豪族の名が確認されますが、このうち蘇我臣の同族である近江臣以外はいずれもワニ氏の同族で、大津市の堅田から和邇あたりに本拠地をもつ氏族です。
これらの氏族が5世紀中頃以降に滋賀郡の全体をおさえる首長として力を持っていたと考えられていますが、その中で7世紀以降は小野臣が最も有力な氏族であったとされています。
古代の有名な小野氏といえば、推古15年(607年)に遣隋使の大使となった小野妹子(いもこ)です。
そのほかには、妹子の子で天武天皇に仕え太政官兼刑部大卿大錦上にまで登りつめた小野毛人(えみし)、平安時代前期の漢学者や歌人で参議の小野篁(たかむら)、クレオパトラ・楊貴妃と並んで世界の三美人に数えられた平安時代前期の六歌仙である女流歌人小野小町(こまち)、藤原佐理・藤原行成と並んで平安時代中期に三蹟と呼ばれた能書家の小野道風(とうふう・みちかぜ)などが有名です。
とくに「小野篁」は、調べてみるととても興味深い人物です。
要点だけリストアップしておきますね。
●小野篁が平安時代初期の公卿であり文人であったこと
●地獄を行き来したという伝説が存在すること
●篁が遣唐使として失敗を繰り返した経験があること
●嵯峨天皇との確執が篁の流罪に繋がったこと
●篁が隠岐島への流罪から早期に復帰したこと
●昼は朝廷で役人、夜は冥府で働いたとされること
●閻魔大王の補佐役としての伝説があること
●篁の知恵と機転が嵯峨天皇を驚かせた逸話があること
●篁の母親思いのエピソードが伝えられていること
●隠岐島で作った漢詩が高く評価されたこと
●安倍晴明とは直接の関わりはないが共通点があること
●篁が冥府との関わりを持つ特別な存在として語られること
●『鬼灯の冷徹』など現代フィクションで篁が描かれていること
●『おじゃる丸』でユーモラスに描かれた篁が登場すること
●現代においても篁が広く評価され続けていること

『鬼灯の冷徹』では小野篁は秦広王の第一補佐官です。

『おじゃる丸』のモデルとされるのが小野篁です。
おじゃる丸は千年前(平安時代)のヘイアンチョウ妖精界の貴族の子で、おじゃる丸がエンマ界にある「月の穴」から現世の月光町に行き来します。