血圧値 128/83/90 酸素飽和度 98% 体温 36.4℃ 体重 70.9キロ 運勢 The High Priestess
前回のクイズの答え。
この半島の名前は?
知りませんよね、そんなの。
答え:「ラブラドール半島」
カナダ東部、大西洋に突出した半島。 西はハドソン湾、南東はセント・ローレンス湾に面する。 安定したカナダ楯状地の一部で、中央部はラブラドル高原をなす。
ケベック州とニューファンドランド・ラブラドル州に分属するが、氷食でやせ地が多く経済活動は振るわない。
ひょっとして中学受験では必須なのかな。
☆
さて、本題にはいります。
三浦半島は、北西から南下する多摩丘陵とその延長線上の三浦丘陵という、規模は小さいながら二つの山塊が連続する形になっています。
この二つを連続して把握するための「いるか丘陵」と言う概念があります。
「小網代の森の保存」でご存知の、岸由二(慶応大学名誉教授)先生が提唱しています。

この本は今、絶版なのかな。残念なことです。


「イルカ丘陵」とは、東京都南部の多摩丘陵から神奈川県の三浦半島へと続く関東平野の西側を区切る丘陵部分を、その形から名付けたものです。イルカがちょうど相模湾から飛び跳ねて、高尾山をクチバシでつついているといった構図になっています。
地形的にも歴史・文化的にも、ひとつながりの「世界」を形成しているのですが、政治的な行政区域として自治体で区分をしてしまうと、それぞれの地図の周縁部分に押しやられて、しかも分断されてしまうので、このように「まとまったもの」として認識されません。
これは困ったことですが、こういうことは、自治体の通史(県史とか町史みたいなもの)を記述するときにも、起こっている問題ですね。
☆
さて、この「いるか丘陵」は多摩丘陵と三浦丘陵が連なって見えますが、これは二つに分離しても考えることができそうです。
三浦半島の北の境についての仮説を考える場合、このことがヒントを与えてくれると思うのです。
伊豆半島が元は島であったように、三浦の太古に海進による海水面の上昇によってあらわれる「島」を想定できれば、のちにふたたび海退が起こって、この島が本土に接合されて三浦半島が出現するということになり、そのもともとの島時代の領域が、「三浦半島の本体」である、ということになります。
これを「古三浦島」と名付けましょう。
そうすれば本土(多摩丘陵側)と「古三浦島」の間の「海峡」のラインが今の三浦半島の「本土側との間の境界線」と考えることができます。
なので、これから、海水面を徐々に上げていき、どこで「古三浦島」が分離するか、というシュミレーションを行います。
この作業は以下のシュミレータを使いました。
Flood Map: Elevation Map, Sea Level Rise Map
上記の航空写真が「現在」です。
そこから海水面を+30m上昇させます。
三浦半島の周縁がかなり水没しましたね。
平塚から厚木にかけては巨大な湾になっています。

この既視感!
そうです『ヨコハマ買い出し紀行』のあの世界、を思わせます。
ヨコハマ買い出し紀行 カテゴリーの記事一覧 - にこたろう読書室の日乗

そして、「古三浦島」が分離するのは、このくらい、+50mの水面上昇のところからです。
面白いのは、南端の部分も小さな島として分離しています。「古三崎島」とでも呼んでおきましょう。
マークのところが最後まで切れずに残っていますね。
上永谷駅の近くの永作公園あたりです。
ここはちょうど環状2号線が鞍部になっています。

三浦半島の北側の境界線は、ここを通ることになりますね。
以上のことを踏まえて、現段階での僕の仮説を示します。

結論。
この地図中の赤いラインが【三浦半島の北側の境界線】です。
江ノ島の東から湘南モノレールに沿って北上し、柏尾川と東海道に沿って東戸塚付近から東側に回り込み、環状2号線に沿って東進して屛風ヶ浦・根岸湾に至る、という感じです。
平戸永谷川遊水地広場あたりの旧東海道が北端、という感じでしょうか。
直線で切る説よりも北の方に突き出しているのは「島」の等高線を考えるからです。

(他の人の仮説例)
また、続きはのちほど。