にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0630 起床 気分快 晴 シチリア島の歴史を簡単に見ておこう。今日は世界史のおさらい。

血圧値 122/77/89 酸素飽和度 98% 体温 36.5℃ 体重 69.2キロ

 

シチリア料理つながりで、今日は「シチリア島の歴史」をおさらいしておこうと思います。

 

シリア島地図

地中海の中心、ワインが美味しい『シチリア島』の解説|ワインやお酒にまつわるお役立ち情報|モトックス

 

シチリア島地中海世界のほぼ中央に位置する、地中海最大の島です。

 

現在ではイタリアという国の一部ですが、長い独自の歴史を持つ地域であり、その位置から「文明の十字路」ともいわれるように幾つかの文明が重層的に交錯しています。

 

シチリア島の歴史をぶつ切りにしないで、つなげて見ることによって、ヨーロッパ史偏重ではない地中海世界、さらには世界史そのものが見えてくる場所と言ってよいと思います。

 

シチリア島の歴史を簡単に言うと、こんな感じ。

 

ギリシア人の入植・ローマの属州支配・ゲルマン人ビザンツ帝国の支配・イスラーム支配・ノルマン王国・神聖ローマ帝国・スペイン支配時代をへて、1861年にイタリアに編入された。

 

箇条書きで要点をまとめると以下のようになります。

 

古代ギリシア時代:紀元前8世紀にギリシア人によって入植され、多くの都市国家が興った。シチリアは重要な交易拠点として栄えた。

 

ポエニ戦争:紀元前3世紀にローマとカルタゴの間で争われた一連の戦争の舞台となり、最終的にローマの支配下に入った。

 

ボエニ戦争

 

ローマ帝国時代:シチリアはローマの属州となり、農業や穀物生産が盛んになった。多くのローマの建築物や遺跡が残る。

 

ビザンティン帝国支配:ローマ帝国の分裂後、シチリア東ローマ帝国ビザンティン帝国)の支配下に入った。ビザンティン文化の影響が見られる。

 

イスラム支配:9世紀から11世紀にかけて、アラブ人の征服によりシチリアイスラム教の支配下に入った。アラブ文化が栄え、科学や芸術が発展した。

 

イスラム教徒によるシチリア島の征服

 

⑥ノルマン人の征服:11世紀後半にノルマン人によって征服され、キリスト教の支配が復活した。シチリアはヨーロッパの重要な文化中心地となった。

 

ヴァイキングとエリザベス女王と北の食べ物-中世ヨーロッパのはじまりと食(9) - 食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

 

アラゴン王国支配:1282年のシチリアの晩鐘の反乱(フランスの支配を不満とした島民が1282年に蜂起し、援軍としてやって来たスペインのアラゴン王国の軍隊がそのままシチリアを支配)後、シチリアアラゴン王国支配下に入り、スペインの影響が強まった。

 

⑧イタリア統一(リソルジメント):19世紀半ばにイタリア統一運動が勃興し、シチリアもこれに参加した。1860年にガリバルディシチリアに上陸し、のちにイタリア王国に併合された。1871年、イタリア王国はローマを首都として半島とシチリア島を合わせて統治する近代国家となった。

 

 

⑨現代:シチリアはイタリアの一部として存続し、観光地として人気がある一方、経済や社会問題にも直面している。

工業化が進んだ北イタリアに比べて南イタリア、特にシチリアは地主の土地支配が残り、生産性も低く、貧困が続いた。

20世紀末にはそのような状況の中から、南イタリアを中心に租税の軽減などを要求する農民組織ファッショ(その複数形がファッシ)が結成され、中央政府に反抗した。

この運動は1894年に政府によって弾圧されたが、この様な社会的混乱を背景に犯罪組織であるマフィアが生まれた。