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「アン・カレ」、感想の続きです。
0600 起床 気分快 晴 『アンナ・カレーニナ』を観ます。梶原善さん、楽しみです。りえちゃんもね。 - にこたろう読書室の日乗
男女問わず人を狂わす美貌の持ち主で、狂った愛に走る人妻という役は、そのまま「宮沢りえ」というキャラクターにもろ当てはまります。ここのところが、なんといってもこの公演のきもですね。
りえちゃんは、演技をするというより、ただそこに居れば、よい。
これは凄いことです。病んでいくアンナが譬えようもなく美しい。
妻でも母でもなく、女としての愛を求めずにはいられないアンナの業を、深く激しく体現して圧巻。
頭、体、心の動きがバラバラで、自分で自分をコントロールできないまま、後戻りできない場所へと自らを追い込んでいく。
猜疑心にまみれ、モルヒネに溺れ、病んでいくアンナ。
美しくわがままで繊細で、 “愛” に飢え美貌を失うことを恐れ、誰の言葉も信じられずに疑心暗鬼になって自滅していくアンナ。予言される、最後の悲劇。
自分が何を愛しているのか、誰にどうして欲しいのか、自分はどうしたいのか、もう分からなくなってしまった終盤のりえさんの演技。
彼女にとって「生きること」とは「愛すること」ではなく「愛されること」だったのでしょうか。
「愛という義務」にがんじがらめにされるヴロンスキーは、美しさと若さという自信だけではアンナの愛の重さに耐えきれない。
体面を保つため離婚に応じないけど、無関心どころか、じつは深くアンナを愛している小日向さんカレーニン。
どこか憎めなくてズルい善さんのスティーヴァは、ほぼ主役級の存在感。
そのほかの人物はままならない現実になんとか折り合いを付けながらやっていく。
最後のシーンの、ドリーの言葉。長いけど、お見事。
無限に伸びてゆく鉄道という力、モスクワを灯す圧倒的な電気という光、その影にいる人々の生きる希望。人間という生き物の業。(八嶋智人のコメント)
どの場面を切り取っても絵画のような美しい舞台。
具体はないのに雪道が見えるし、馬車に乗っているし、姿はなくても汽車も線路もありました。幻想的で不思議な舞台設計。拍手。
黄金色のマトリョーシカの中には一体何が潜んでいるのかな? 超謎!
子どもが舞台袖で弾くおもちゃのピアノの音色が、哀しく綺麗。
3人音楽隊にもちょっとだけセリフや芝居があって、楽しそう。
アンナは、「あなたを憎みたい」と言います。
「愛する」ことと「憎む」ことは、同じ気持ちの逆の表現、つまりほぼ同義です。
「愛する」の反対語は、じつは「無関心である」ことです。
「愛すること」を定義します。
「愛すること」とは:
「無関心ではいられない」こと。
無関心であるよりは、むしろ憎みたい、ということ。
関連事項:
0530 起床 気分快 晴 「恋愛」を定義します。 - にこたろう読書室の日乗
納得のスタンディングオベーション。
3時間45分を引っ張る熱量は見事。
観客を置いていかないで物語に参加させてくれる脚本・演出。
良いものを見せてもらいました。
今回は、自明の、ありきたりな結論を言ってしまいましたが、人生、普通なことの中にこそ真実がある、のかもです。
「芝居の中で、宮沢さんが心は別の男の方へ行っている顔で僕を見つめるのかと思うと、虚しいですけど(笑)」
小日向カレーニンのコメント。
現実にもありうるシチュエーション、これは男としてけっこうつらいなあ。
「彼女と二人で観るには重すぎた(笑)」
誰かのコメント。そうかも、ね!
もう一つのテーマ、「赦し」の物語については、別の機会に。