にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0520 起床 気分快 晴 「ブログ」を定義します。「毎日」という点にこだわって書く、ということにどういう意味を見出すのか問題について。

血圧値 109/79/78 酸素飽和度 99% 体温 36.3℃ 体重 67.4キロ

 


昨年の5月1日から、このブログ「にこたろう読書室の日乗」を毎日書き続けて、今日で255回目の投稿となります。

 

こういうものを、「毎日」という点にこだわって書く、ということにどういう意味を見出すのか問題、というのはあるでしょう。

 

僕の場合は、去年の2月に病気で入院をしました。

 

3か月の入院期間ののち退院し、その後は独居病後老人になるので、不審死、孤独死に備えるセキュリティの一環として、ご親切な気持ちをもっていただけるかたに生存確認をしていただければ、というささやかな願望で始めたことです。

 

予告なくこのブログの更新が途絶えることは、ある事態の到来を意味します。

 

なので、この「毎日」ということに、切実な意味合いがあったのです。

 

記事の冒頭に、毎回バイタルチェックの数値が書いてあるのも、そのような意味合いです。

 

看護士さん・療法士さんとかも、たまに見てくれているし。

週に一回行く、ご近所のレストランのお姉さんたちも。

 

たまに外に出て外泊する場合でも、血圧計その他の機器を持参して、早朝に必ず計測し、その場でブログをアップしています。客死にも備えなくっちゃ。

体重計はさすがに持参しないけど。これはなにか良い方法があるかな。温泉旅館なら大浴場にあるけどね。

 

なので、自動予約投稿はシステム上できないのです。意味がない、というか。

 

そういう、ちょっと即物的な事情から始めたブログですが、ただ自分の生死を報告するだけでは味気ないので、しかも折から進めている終活との兼ね合いから、頭の中の「思考」内容みたいなものを、この際、整理・整頓して、「人生」の棚卸しができないかなと思うようになりました。

 

「ブログ」とは:

 

思考と人生の棚卸しである。

結果的には、明るい遺書のような意味合いをもつでしょう。

 

 

脳幹出血のダメージはやはりいろいろあるのですが、脳の中身はそこまで壊れていなかったようなので、僕の脳内の引き出しに入っている思想とか思考の雑然とした断片みたいなものを文章化(ブログ化)して、再確認・再整理してから死んだほうが、なにかの納得ができるのではないか、と思ったのです。

いままで、なんとなく時間がなくて、後回しにしてきたから。

 

そういうわけで、御覧になって頂いている方々から見れば、なんとも雑然とした、多岐にわたるこだわりと好奇心のかたまりのような文章を、順不同で、つらつらと書き留めている、という状態になってます。

 

もう少し整理・整頓して、まとめてから書けよ、というご意見もあるのですが、そこを自分に許してしまうと、おそらくこのブログは終了することになるでしょう。

自転車のようなものだからです。惰力を失なうと、倒れる。

 

まもなく2月12日がやって来ます。

この日は僕の一周忌(仮)です。

そうなっていてもおかしくなかったのです。

 

なので、とりあえず、その日まではこのまま無秩序に書き続けてみたい、と思っています。

そこでどうするか、はその時に考えましょう。