にこたろう読書室の日乗

死なないうちは生きている。手のひらは太陽に!

0630 起床 気分快 晴 ヨーロッパ・アルプスを巡る話②仲本さんも亡くなった!元気だった家内も、今は、アルプスの山よりもっと高いところに居るのでしょうか。

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今朝は、ひさびさの秋晴れ。お見事な快晴です。

気温はかなり低かったけど。

日中は平年並みかな。

 

横浜市で道路を横断中に車にはねられ重傷となっていたザ・ドリフターズ仲本工事さんが亡くなりました。81歳でした。

仲本さんの突然の死で、ザ・ドリフターズのメンバーで存命なのは、加藤茶高木ブーだけとなった。

 

また、懐かしい人が亡くなりました。

こういう形で残念なことになるのは、とても辛いですね。

仲本さんのお店とお住まいは、僕のところからも歩いてすぐで、先日の日曜日もその前を歩いたばかりです。

 

人生を普通に生きて、ふつうに終わる、ということはいかに貴重で、またありがたいことであるか。

 

仲本さんをTVで最後に見たのは、満島ひかりヴァージョンの「シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅳ」の「怪人二十面相」でした。

セリフのない、カメオ出演みたいな感じでしたが、なかなかの存在感。僕はこの再放送を観たのですが。11月には舞台「『日本昔ばなし』貧乏神と福の神~つるの恩返し~」の貧乏神役での出演が予定されていたのに。悔しかっただろうなあ。

 

ヨーロッパ・アルプスを巡る話②は、3座目のユングフラウヨッホへ向かう、です。

 

 

今回の行程は、ジュネーヴで飛行機降りて、あとはバスで移動。

左下のシャモニーモンブラン)~ツェルマット(マッターホルン)と来て、そこから北上し、グリンデルワルト(ユングフラウ)へ。

 

グリンデルワルトは人口4000人たらずの小さな村ながら年間100万人以上の旅行者やハイカーが訪れる、ツェルマットやサンモリッツと並ぶスイスを代表するアルペンリゾートです。

 

この移動は途中でスイスアルプスを越えるのですが、カートレインと言って、自動車を鉄道の貨車にそのまま積んで、トンネルを通過させます。フェリーボートの列車版です。

 

ゴッペンシュタイン(Goppenstein)の駅からバスは列車に乗せます。

ここからカンデルシュテーク(Kandensteg)までの「レッチベルグ・トンネル」は、スイス・アルプスを貫通する始めてのトンネルとして、1913年に開通。所要時間20分程。生活列車なので早朝から深夜まで運行。季節により時間は異なりますが案外本数は多いようです。

BLS(ベルン・レッチベルグ・シンプロン)鉄道の一環として、当時としては世界有数の規模(全長14.6km)だったそうです。

 

山の下を抜けると。またバスを降ろして、谷間の奥の村、グリンデルワルトへ。

 

グリンデルワルトはベルナーオーバーラント山群の登山基地で、クライネシャイデックからのベルナーオーバーラント3山(アイガー、メンヒ、ユングフラウ)の眺望はいかにも「スイス!」という感じです。

アイガーが目の前に迫っています。

近くの小山の上にある展望遊園地みたいなところから、この谷間を見下ろすと、こんな感じ。

 

登山電車でグリンデルワルトを出発、クライネシャイデック を経由してユングフラウヨッホ(標高約3500m位)まで登ります。

ヴェルゲンアルプ鉄道(WAB)に乗って、次の乗換駅クライネシャイデック(Kleine Scheidegg)を目指します。最初はこんな感じの黄色い列車で登ります。

 

 

ここから赤い登山列車に乗り換えて、ヨーロッパの天辺へ。

 

列車が終着駅に着きます。

 

ここから、例のパターンで、瞬時にスフィンクス展望台に上がれます。

ヨーロッパの頂上。

ほんと吃驚ですよねえ。

普通に歩いて、ここまで来られます。

 

ユングフラウヨッホは氷河の上にあり、至近距離にメンヒ、 ユングフラウが、南下方にアルプス最大と言われるアレッチ氷河が望めます。

 

元気だった家内です。

今は、この山よりもっと高いところに居るのでしょうか。

 

僕はまだこの地上で、ふわふわしながら生きていますよ。

入院したため、今はこれより5キロ減ですが。

 

このアルプスの山々も、未来永劫、このまま存在しているのかな。

それは、ないか。

 

簡潔な旅の思い出の記録は、これでおしまいです。

お読みいただいたかたがた、ありがとうございました。